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鮮烈サインメント



「脱いだら凄いんだけど、見たいか?」

なんていう突拍子もない台詞を悠里に言われたのは、あろうことか生徒会室の中でのことだった。柊は目を見開いて何か言い掛けて、結局何も言えないで開きかけた口を閉じる。悠里は寸の間かれらしくもなく周囲の目がある中できょとんとした顔をしていたが、柊の反応からなにか自分が不味いことをいったらしい、と悟って慌てて氷の生徒会長の仮面をかぶりなおしている。

「見たいかって…、セクハラは駄目だよ会長」
「そうだぞ。柊が汚されるー!」

うるせえ、と生徒会のメンバーに突っかかられたのを軽くあしらって、悠里は柊のほうにちょっとだけ舌を出してみせたあとさっさと生徒会長の業務に戻ってしまった。動揺しっぱなしの柊は、まだぼうっと立ちつくしたまま。副会長や会計になにくれとなく構われて、慌ててなんでもねえよ、と突っぱねている。

「…お前、完璧に素だったよな…」
「お、俺様生徒会長っぽいだろ!」
「どこがだよ!!」

騒がしく書類が飛び交っている生徒会室のなかで、ごくごく小声で柊は悠里に喰ってかかった。かれはしまったな、という顔をしながらも、往生際悪くそんなことを言っている。完全に素だった。ブレザーのボタンに手をかけていたのを柊は見逃してはいない。こいつは自分の立ち位置を理解しているのかいないのかわからないときがある、とか、仮にも自分を好きだと言っているやつのまえでそういうこと言うか普通、とか、いろいろ突っ込みたいところはあったけれど、止めた。

というのも、かれに他意がないことは、柊が一番しっているからである。

「――この夏は、蚊がひどかった」

という話を始めたのは柊だった。いくらここ帝豊学園といえども蚊くらいはいる。俺も今年はいろんなところ喰われた、とか、僕は七か所も刺されたんだよ、とかそんなことを他愛なく話しているなかで、珍しく悠里が口を挟んできたのである。曰く、

「確かにひどかったな。…俺もひどい目にあった」

という。柊がそうなのか?どのくらい刺された?と聞くと話は冒頭に返り、悠里は今にも服を脱いでそのひどい目とやらにあったらしい身体を晒しそうだったわけである。
お前その貧弱な身体を晒して他の生徒会のメンバーにどう思われると思ってるんだとか、この学園では男同士といえどなまじ身体を晒すと危険だろうとか、いろいろと柊は言いたいのだけれど、なんとなく照れくさくてどうしても言葉に出来ない。

「…柊」

悠里はといえばさっきの自分の台詞などとうに忘れましたというふうに涼しい氷の生徒会長の面持ちでもって、柊のタイを掴んで引いた。思わず目を見開くと、心底楽しそうに悠里の目が笑う。口元すらすこし緩ませて、悠里が言ったのは。

「首んとこ、刺されてる」

という、柊のトラウマを呼び起こす一言だった。ぎょっとして仰け反って慌てて鏡のほうに駆けていけば、たしかにワイシャツに隠れるぎりぎりの、どうみてもキスマークの鬱血痕だろうというような痕が付いていた。慌ててワイシャツのボタンを閉める。柊がこんなものをこんな場所につけていると知れたら学園内が大騒ぎになるに決まっているからだ。

「椋くんがそこに蜂蜜塗ってたもんな」
「…もっかい言って」
「なんでもない」

悠里がぼそりと呟いた言葉を、もちろん柊は聞き逃さなかった。あとで殺す、四分の三くらい殺す、と思いながらため息をつき、生徒会の仕事の手伝いに戻る。

「虫さされ痒い?」
「今はそれほど。薬を塗ったからな」
「へえ、保健室でもらえる?行ってこようかな」

副会長の肘のなかばまで腕まくりをしたワイシャツの白い腕に、痛々しく虫さされの痕が残っている。それを僅かに眉を潜めて気の毒そうに見た悠里は、大丈夫だというふうに軽く頷いてやった。俺も俺も、と他のメンバーもかれに従ってぞろぞろと立ち上がる。

「柊、きみは来ちゃだめ」
「そうだな。保険医はあぶない」

さっさと首の痕を治してしまいたい柊もそれについていこうと思ったのに、かれらに次々と先手を打たれてしまった。あぶないっていったってセクハラされたら蹴り飛ばせるのに、と唇を尖らせた柊はけれどかれらにとっては守るべき対象なわけで、かれらは薬貰ってきてあげるからといってさっさと出ていってしまった。

生徒会室にはとたん静寂が満ちて、悠里と柊の二人だけが取り残される形になる。

「いや、ホントに凄いんだって。星座みたいにめっちゃ刺された」
「わかったから!脱ごうとすんな!」

どうやらわりと本当に虫さされのあとを見せたかったらしい悠里がここぞとばかりにワイシャツのボタンを外そうとし出すから、柊はそれを押しとどめるのにひどく苦労をした。オリオン座みたいなんだとか凄い痒かったんだけど薬塗ったら良くなったとか、ふつう部屋に虫さされの薬くらいあるだろとか饒舌に喋る悠里を前に、柊は肩を竦めたくなる。悠里はそんな柊の葛藤など知る由もなくて、ふたりきりの生徒会室でたのしそうに笑っていた。










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