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クラスではちょっとした論戦が行われていた。監督がどうやら数種類の台本の草案を持ってきて、劇の責任者たちの間で揉めているらしい。それには加わらずにぼんやり外を眺めている雅臣のそばに寄っていくと、お疲れ、と雅臣が表情を崩して笑った。

「おう。…なに、あれ」
「さっき軽く目ェ通したけど、どれも超大作だったぞ」
「…はあ。どうしよう」

この喧騒のなかでは悠里の一挙手一投足にまで気を配っている人はいないから、小声で雅臣にそんなことをいう余裕もあった。雅臣は大きく息を吐くと、ぽん、と悠里の背中を叩く。おそらくはかれらのなかで数個に絞られてクラス全体にどちらにするか問うのだろう台本たちはどれもが高い演技力を必要とするそれで、雅臣はすこしばかり驚いたものだ。いちどスイッチを入れてやりさえすれば、悠里はきっと完璧にこなすのだろうと思う。あのマニュアルをたったひとりでこなしてきたように。

「今日のところはやることもなさそうだな。ちょっとフラフラしてくっか」
「そうする。…リオンと椋くんのところは白雪姫だそうだ。秋月の――、うちの副隊長は、ハムレット」
「柊ちゃんは西遊記だもんな。何で孫悟空じゃねえんだろ」
「同じこと柊に聞いたら怒られた」

雅臣がよそのクラス偵察してくるわー、なんていってクラスメイトに声をかける。仏頂面でその背中に続きながら、悠里は真剣に議論を交わしているかれらを胸に刻んだ。もちろん自分を、あちらでデザイン画のチェックが行われているドレスから逃げないようにするためだ。ちらっと見たけれど二種類くらいドレスがあってちょっと泣きそうになったのはいうまでもない。

「マーメイドドレスだったな。ダンス用のはまだ迷ってるみたいだったけど」
「雅臣、俺ダンスなんて踊れないぞ」
「大丈夫、手取り足取り教えてやるから」

無言のうちにその脛を蹴っ飛ばしてやりながら、悠里はちらりと柊のクラスを覗いた。予想通り阿鼻叫喚の図である。―――多分きっとほぼ確実に、また今日も柊の相手役である孫悟空やらの役で揉めて、柊の堪忍袋の緒がぷっつりといった結果があれだろう。机が壁に垂直に突き立っていた気がしたのは、きっと気のせいだ。あとで愚痴をきいてやろうと思いながら、教壇の上に仁王立ちして無言の圧力をかけている柊に声をかけるのは諦めた。あの状態で割って入る勇気は、さすがの氷の生徒会長にもない。

「やっぱり柊ちゃんが孫悟空じゃね?」
「俺もそれですべての問題が解決すると思う」

あんな三蔵法師いやだ。見解の一致を雅臣との間で確認して、悠里はそっと柊たちの教室から目を逸らした。あの中にいるはずの副会長は生きてるかな、なんて思う。というかかれが孫悟空をやってもおそらくミスマッチ過ぎるので、かれは早いところ三蔵法師役を柊に譲ってもらうべきだ。

「ウチはクラス行事に参加する気のねえやつらで臨時の見回りしてっからな。まともに参加してんのなんて俺ぐらいじゃねーの」
「やっぱりお前が人魚姫やればよかったのに」

その隣は、秋月のクラス。ハムレットたる秋月が神妙な顔で囲まれているのをみて、悠里はむずがゆく口元を歪めた。どうしてだかしらないけれど悠里の親衛隊の副隊長なんて引きうけているかれは一年留年ということもあり、人望の厚い頼れる兄貴分だ。冷徹で哀れなハムレットをかれがどう演じるのか、悠里は純粋に楽しみだった。

「悠里俺のことお姫様だっことか出来んの?」
「…むり」

だろ?としたり顔でにやにやと笑う雅臣に釈然としないものを感じながら、悠里は自分のてのひらをじっと見下ろした。氷の生徒会長。この学園に君臨する、何事にも動じない頼れる象徴。なれて、いるのだろうか。周りに助けてもらってばかりの悠里は、近頃それにあまり自信を持てないでいる。演じきれるだろうか、この学校祭での役を。期待にこたえられるだろうか。

「悠里」

不意に雅臣の声のトーンが低くなった。はっとして顔を上げると、目があった雅臣が表情を崩す。そんなに難しく考え込んでいただろうか、とちょっと肩をすぼめると、雅臣が笑いながらその肩を引いて抱き寄せた。

「すげえ不安そうな顔してた」
「…別にそんなことない」
「大丈夫だって。氷の生徒会長がノリノリで人魚姫やるの、ウケると思うぞ」

相変わらずひどい洞察力だ、と思いながら、悠里は見透かされていると分かっていて意地を張る。雅臣はぐしゃぐしゃと悠里の頭を撫でて、それからどうやら屋上に向けて歩き出した。悠里はきょとんとしてかれの背中を見て、それでもなんとなくそれを追う。かれなりの励ましに、すこしだけ気が楽になった。

「雅臣?」
「俺とひとつ踊りませんか、姫君」
「ぶっ」

キザったらしくいった雅臣に思わず悠里が噴き出すと、かれは満足げに笑う。肩を震わせながら隣に並んだ悠里は、それでも悠里のことを思って励ましたり練習に付き合ってくれている雅臣に内心でひどく感謝をした。









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