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肉食獣の憂鬱


「ごめんね、俺、好きな人いるから」

本社も支部もまとめて行われた今年の会社の懇親会は、けっこう大きなホテルのホールで行われた立食パーティだった。居酒屋でカンパーイとかそういうノリしか経験のない俺はもちろん凄く乗り気がしなかったんだが、ホールを出たすぐの庭園みたいなところで受付のマドンナに告白されているあそこの色男の画策のせいで参加を余儀なくされたのである。

前島は、そのパーティの参加申込書が来たときにわざわざみんなの前で「真さん行くの?真さん出るなら行こうかな」なんて言った。途端全身に突き刺さった主に女の子からの刺すような視線に、俺はもちろん参加する!と声を張り上げなければならなかったのである。まじで泣きそうだった。ぜったいあいつ確信犯だ。前島さんが出るならおめかししなきゃねーなんて言って騒いでいた女の子たちはドレスみたいなの着てるし、ジーンズで来てるようなのはもちろんいない。ちなみに俺のスーツは前島のだ。何着ていきゃいいのかわかんなくて仕方なくヤツに相談したところ、喜々として選んで貸してくれたものである。裾が長い。くそったれ。

「…真さん」

最初こそふざけ半分でパーティに参加した数少ない同志の同僚たちと料理と酒を楽しんでいた俺だが、前島に発見されてからはそれどころじゃなかった。俺に寄ってくる前島。突き刺さるきれいな女の子たちの視線。それに逃げて行く同僚。群がる女子。そそくさと逃げる俺、とまあこんな感じで。お前そんな俺にばっか構ってたら変な噂立てられんぞと言ったのに真さんならいいとか言って来た阿呆は、まあいろいろあってどうやら俺のことがラブのほうで好きらしい。白々しくこんなことを言っている俺も実はまえに前島に唇を奪われている。まじでいろいろおかしいやつだ。

で、そのおかしいやつは受付のマドンナをほっぽってガヤガヤうるさいパーティ会場に戻って来た。それとなくそちらを注視してた若い社員たちがどよめいている。あいつマドンナでもダメなのかよ…、やっぱ彼女いるんじゃね?とかそういう囁きが聞こえて来た。

「うわっ、こっちくんな」
「いいでしょべつに…」

そんな対象といっしょにいて目立ちたくなかったのに、前島は何事もなかったように俺のそばに寄って来た。皿に乗っけていたなんとかっていうパスタをみて、あ、それ美味しそうどこにあるの、なんて聞いてくる。お前の耳はこの囁きの波が聞こえないのか。

「お酒飲んだ?」
「呑んでるよ、多少は」
「なんで。セーブしてるの?」

まえに酒で失敗してるからな!主にお前のせいで!とはもちろんこんなところでいえないので、俺は白々しくそんなことを言う前島を無言で睨み付けた。俺の耳元に顔を寄せた前島が、ゆるく笑いながら囁く。

「酔っ払ったらお持ち帰りしようと思ってたのに。残念」
「……っ、この…!」

ななななんてことを言うんだこいつまじで変態!みなさん今の聞きましたか!?叫びたいのにもちろん無理で、しかもバイキング形式になってる料理の台の死角になる位置で腰を抱かれた。振り払おうにも俺の手には料理の皿とワインのグラス。うわあああ。

「ね、真さん。ちゃんと連れて帰ってあげるから、お酒飲みなよ」
「…っ、これが狙いか!」
「当たり前でしょ」
「この、不届き者!!」

なんだこいつ!俺をこのパーティに参加させたのから全部仕組んでやがったな!この肉食系男子め!!ここが社員みんながいるパーティじゃなかったら間違いなく叫んでた。するりと解かれた腰の腕は、何事もなかったようにパスタを皿に取り分けている。真さんも食べる?と聞かれて混乱のあまり頷いたら俺の皿にも取り分けてくれた。こういうところがモテる理由なんだろう。

「具合悪い?…外、行こっか?」

周りの視線が痛くて何が楽しいんだか男二人でパスタ啜ってる間も俯きっぱなしの俺に、前島は気遣わしげな声をかけてくる。

「…ひとりで、行く」
「やだ」

俺がそう言ったのにばっさり切り捨てた前島は、空になった皿を俺の分も奪い取ってさっさとウェイターさんにわたしてしまった。近くにいた部長にわざとらしいくらいの自然さで、ちょっと風に当たって来ますねなんていう。気の毒そうに俺をみた部長が酔ったのかいなんて聞いて来て、俺の代わりに前島がそうみたいですと俺の背中を撫でた。突っ込みどころのない完全な流れで、そうして俺はさっき前島が告白されてた庭園のむこうの駐車場まで引っ張っていかれる。俺はもうそれに逆らう気もなかったね。好意的にみれば女の子たちの視線に飽き飽きした前島が俺をダシにパーティから抜け出したようにでも見えるだろう。俺はそれを祈るしかなかった。

「ね、真さん、さっき俺のほう見てたでしょ」

フェンスに凭れた俺を覗き込んだ前島の目が笑う。それが存外優しい目だったから、俺は怒るに怒れなくなった。こういう弱気なところがいい人止まりになる理由だってわかってるけど。

「妬いた?」
「…んなわけないだろ」

むしろお前に妬いたわ羨ましい。口に出来ずにじっと前島を睨めつけると、世にも珍しい事に前島はちょっと自嘲気味に苦笑いをした。

「だよねー…」

漏れてくるホールからの光に前島の目がやけに色っぽく照らされて、俺はぞくっとした。その意味に遅ればせながら気付いて、俺の腰をぞわぞわした感覚が這い上がる。それってつまり、つまり。あの前島をここまで自信なさげにしているのは…。

「…んむっ!?」

ぽかんと前島を見上げた顔にその手のひらが触れて頬を挟まれてフェンスに背中を押し付けられて、いきなり噛み付くようなキスをされた。咄嗟に逃げた身体を抱き寄せられていっきに頭が沸騰する。前島の例のいい匂いがして、俺の頭の芯がふわっとなった。おまえここ何処だと思ってんの。ていうかなにするんだ。

「っ、や、やだ、前島…」
「ごめんね、酔ったかも」

むりやりその胸を押しのけると、前島は至近距離でそうやって笑った。するりと俺の頬を撫でる手なんかもう完璧に恋人に対する手つきで、俺はもうどうしていいかわからないで前島の胸に指先を引っ掛けておくことしか出来ない。

「ね、俺のこと好きになって、真さん」

そしてさっきまで俺の唇にくっついていた前島の唇を滑り出したのは、そんな一言だった。なんて殺し文句だろう。不覚にも高鳴ってしまった心臓に絶望しながら、俺はどうやら酔うと弱気になるらしい目の前の肉食系の背中にゆっくりと腕を回した。

「…ま、まあ、なんだ。その件については、また後日…」

なんとなくきゅんとなってしまった俺は、冷静だったら絶対に言わないそんな台詞を口走っていた。緩慢に持ち上げられた前島の睫毛が瞬いて、俺を見る。その目があまりに真剣だったので、心臓が止まりそうだった。なのに前島は、その酒のせいでか濡れたように光る目でもって俺を真正面から見詰め、またしてもストレートに言葉を投げつけてくる。

「俺、あんたのこと好きだよ」

たぶん俺がこいつに押し切られるまでに、もうそんなに時間は必要ないんだと思う。再び仕掛けられたキスにぎゅっと目をつぶりながら、俺はそんなことを考えていた。









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