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「えっと…、ごめん。お前の気持ちには応えられない」

速攻帰って龍太郎に愚痴ろう。そうこころの中で決意しながら、俺は目の前の男を見た。うつむいているそいつとは大学のサークルがいっしょだけど、ただふたつ年下だからあんまり直接の交流はない。すでに大学は卒業している俺にとってかれは、院のひまなときにたまに様子を見に行くだけのサークルで割と頻繁に話しかけてくる後輩だった。

そんなかれからサークルの帰りに呼び出されファミレスで、まさかの愛の告白なんてものを受けた訳だよ俺は。なんかしらないけど、俺は男にモテる。ここは笑うところだ。高校時代にクラスメイトに告白されたのを皮切りに(ちなみに共学だったとも)なんかサラリーマンにストーカーされたりとか色んなことがあった。たいていお断りをすると引き下がってくれるんだが、ストーカーだけは違ったね。ちょうど龍太郎といっしょにいるときに声をかけてきたそいつを、最初俺はてっきり龍太郎をスカウトしたがってる人なのかと思った。だって俺に向かってこの人いつも一緒にいるけど友達?なんて聞いてきたから。いま思うとあの時俺どのくらい前から目を付けられてたんだろうな、ちょっと怖い。

「忍さん…」

もちろん目の前のこいつにそのサラリーマンを重ねてる訳じゃない。好意を持たれるってのは、それに答えてやれるかは別として幸福なことだと思うよ、俺も。

ただあのサラリーマンの存在は、俺にとってこういうときに一歩引いた見方をしてしまう原因なわけだった。こいつは友達です、と俺が答えると熱っぽい目をしたサラリーマンは俺の手を掴み、じゃあ僕と付き合ってください、といってきたのだ。俺が慌てて断ってもサラリーマンは手を離してくれなくて、しかもなんか肩とか腰とか触られてパニックになって泣きそうだった。龍太郎が見たことないくらい怖い顔して怒鳴ってくれたからその時はサラリーマンが折れたのだけど、それから半年くらい付け回されていたわけだ。マジ怖かった。一時期は龍太郎以外の男に近寄れなかったくらいだ。それは俺が怖がってただけじゃなく、サラリーマンがそいつになにするかわかんないって恐怖もあったわけだけど。

「あの、わかってるんです。忍さんが俺のことそういう対象で見てないってことも、俺だって今までずっと女の子が好きで、なのに」

そういって後輩は俯いた。俺が頼んだオムライスがタイミング悪く運ばれてきたから、不自然に会話が途切れる。
店員さんの背中が遠ざかってから、俺はそろそろとオムライスから顔を上げた。後輩はまだ俯いている。出来るだけそっとその名を呼ぶと、堪えきれなくなったみたいにその目から涙が溢れてファミレスの机に落ちるのがわかる。

「…ごめんなさい、困らせて」
「いや、うん…、俺こそ、ごめんな」
「……驚かないんですね、忍さんは」

拳でぐいっと涙を拭った後輩が、まだちょっと濡れた声でいった。オムライスをスプーンで切り崩しながら、俺はぽつぽつとストーカー男のことを語る。夜、学校帰りに待ち伏せされていたこと。自転車のカゴに隠し撮りしたらしい写真の入ったラブレターが毎朝のように入れられていたこと。家に無言電話がかかってくるようになったこと。目の前の後輩は、俺の目をじっとみてそれを聞いてくれていた。

「あの、別にみんながみんなこういうやつだって思ってるとか、そういうんじゃないんだけど。ただ、びっくりしなかったのは、その、同性に好きになられるのが初めてじゃなくて」

自分のことを好きな同性、というと、真っ先にあの男を思い出すのは事実だった。ボディーガードよろしく毎朝毎晩いっしょに登下校してくれたり度重なるそういう出来ごとから守ってくれた龍太郎にはお礼を言っても言い切れない(から言わない)し、未だにあの頃のことを夢に見ないと言ったら嘘になる。

「ただ、そういうことがあったから、どうしても、な。せっかく好きになってくれたのに、ごめんな」

自分に好意を持たれると、途端にすこし怖くなる。滅多にない経験のはずだし現に大学に入ってから初めてだったけど、俺は目の前の後輩がほんの少し怖くなっていた。けれどかれは怖がらせてごめんなさい、とすこし悲しそうに笑うだけで、ゆっくりともう冷めてしまっただろうチャーハンにスプーンをくぐらせる。俺は事務的にオムライスを口に運んだ。

「…」

気まずくて死にそうで、出来るだけ早くごちそうさまといって逃げ出したくて(金は払います)しょうがなくて俺は熱いオムライスをもくもくと食べ続けた。舌がちょっと火傷した。

「…お前は甘いんだよ」

という話を龍太郎の家でいつも通りゴロゴロしながらしたら、龍太郎にそんなことを言われた。またかわいい女優さんとイチャイチャしてきた龍太郎にそういうこといわれたくない。俺だって出来ることなら女の子にモテたい。

「ちゃんと断らねえから相手に期待持たせんの」
「ちゃんと断ったって!」

龍太郎にはストーカーの一件以来、こういうことがあると必ず全部言うことにしている。その度に言われるのがこの台詞だった。お前は人に告白されてヤダ無理とか言えるのかよ、といったら、真顔で言えるに決まってるだろとか言われたから返す言葉もない。

「またストーカーされたらどうすんだよ」
「あ、あいつはそういうんじゃないって!」

はらはらと落涙した後輩には少なからず憐憫というか、申し訳ないなって気持ちが湧いた。もうちょっと俺に耐性があればお友達からとかいろいろ言ってやれるのに。それで俺があいつを好きになれるかは、別としても。

「じゃあなに。付き合うの」
「…、それは、無理」
「そっちのほうが相手にとっては残酷だろうが」

ぐうの音も出ない正論を言われて俺のこころは折れそうだ。クッションを抱えて龍太郎ひどい!つめたい!とか言っていたら、龍太郎が俺の腕を掴んで引っ張り起こした。その目がじっと俺を見る。

「…そんなこといったって、トラウマなんだから、しょうがないだろ」
「もう大丈夫なんじゃないのか?怖がんねえし」

そしてそのままソファの上にひねり上げられた腕を押し付けられた。自然と倒れ込む身体に、龍太郎がのしかかってくる。ぞくにいう押し倒されたというやつだ。くそっ相変わらずのイケメンめ!この顔でハルナさんに迫ったとかドラマとはいえ許せない。女の子がときめかないわけがない。

「そ、れは…、お前が龍太郎だからに決まってんだろ」
「……。…なんだよ、それ」
「お前だけだって、平気なのは!他のやつにやられたらトラウマ爆発でちびってるって!」

緩んだ手を振り払って真上の龍太郎のほっぺを左右に引っ張ると、呆れたように龍太郎に殴られた。ちょっと痛かった。

「…ほんと、ひどい奴だよな、お前」

ほっぺを摩りながら、龍太郎が呟く。全国の男からすればお前のほうがもっとひどいやつだ、と思いながら、俺は上から退いた龍太郎を目で追った。なんとなくなにか引っかかるものがあったのに正体を見つけられなくて、俺はファミレスでのことやサラリーマンのことがいろいろ思い出されてむなしくなってソファの上で寝返りをうつ。

すると龍太郎の手が背中を撫でてくれたから、なんとなくすこし元気になった。









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