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as it is



「…郁人!」

そろそろかなって思ってたらホントにいた。いい加減走って逃げ回るのも疲れてたので、俺は路地に立っていた洸のその胸に勢いよくダイブする。ちょっとよろめいた洸はそれでも問題なくおれをキャッチして、それからぽんぽんとおれの頭を撫でた。言葉とは裏腹に安心したように目を細めた洸は、おれを背中に庇って剣を抜く。

「遅かったな、洸」
「お前、ばかだろ…」

今日のおれの仕事は、囮だ。いつもどおり探偵業をしていたらちょっと厄介な事件にぶつかって、後ろ暗い組織、言ってしまえば裏金やら賄賂やらっていう汚い金にまみれたこの森の国の会社にぶち当たったわけである。で、ラインハルトと相談をして、おれが囮になっていまおれの後ろから追いかけてきている怪しいチンピラたちをとっ捕まえて言い逃れできなくさせようっていう腹だ。おれの鞄には裏金の証拠、しかもおれはひとり、っていうわけで、相手の追跡は執拗できびしいものだった。そばにあるドラム缶が撃ち抜かれたときはちょっとびっくりしたけれど、おれだって伊達に探偵をしていない。とっくに計算していた脱出経路を潜り抜け、洸がそろそろ迎えに来るころだろうなって思って飛び出した路地で、狙いどおりうちの騎士さまに出くわした。

「なんで言わなかった」
「おまえ、ついてくるって言っただろ」
「言ったさ。それの何が悪い」
「ふたりだと目立つ。し、ひとりのほうが向こうが油断する」

うちの騎士さまはやっぱり怒っているらしい。まあおれがこういう無茶や無謀をするのはいつものことだ。自分でもよくまだ首が胴体とくっついてるな、ってよく思う。剣を構えた洸が追手達と向かい合うのを眺めながら、俺は疲れて座り込んだ。下から見上げるとずいぶんと背が伸びたんだな、と洸の成長をまざまざと見せつけられておれはちょっとさみしい。これが親の心境か、と思うと笑えた。

「俺がやったのに。…おまえはカモネギすぎんだよ」
「べつにおれはカモじゃないぞ。ネギは背負ってるけど。楽しそうだったからしょうがないだろう」

鞄から書類を取り出してまじまじと眺める。時折新聞をにぎわせる疑惑の議員の名前があって、これはおおごとになるぞ、とちょっと楽しくなった。ラインハルトたちの仕事が多くなりそうだけど。

「いいカモだろうが。現にこいつら、お前を生かして捕まえろって言われてるみたいだし?」

圧倒的劣勢の状況にいるとは思えない洸が、息ひとつ荒げないでそんなことをいう。多勢に無勢だけどべつにそういうのは関係ないらしかった。あっというまに追手の数が減っていくのが手に取るように分かる。

「…、おれの出自がばれたのか?」
「さあな。それか目ェつけられたんだろ、何処ぞの変態に」
「……なんとなくそんな気はしてた」

顔さえ整っていたら男でも女でもいいらしいその議員殿のスキャンダルは何度となく目にしている。なんかあやしげなパーティまで催してるとか。でもまあおれも二十をかるく超える年になったわけだし、こどものころみたいに女の子に間違われることもない。だからそういった下世話な目線には、もう晒されなくていいもんだとばかり思ってたのだけど。

「ほんと、手のかかる探偵大先生だっての」
「…昔はあんなに手のかかる泣き虫だったのに、騎士さまが優秀に育っておれは嬉しいぞ」

振りかえった洸にごつんと殴られた。だいぶ痛い。あっという間に追手の方々をのしてしまったらしいその優秀な騎士さまがおれの腕を引いて立たせ、惨状を見下ろして肩を竦める。

「で、どーすんだ、これ」
「ラインハルトに報告する。今日の仕事はこれでおしまいだ」
「このままこれ置いてくのかよ…ま、ほっといてもあと半日は目を醒まさねえと思うけど」

足の先でつんつんとおれを追い掛けてきたやつらを突っついた洸が、そんなことをいった。それからおれを振り向いて、ちょっと怒った顔をする。説教されそうだってことはわかったので、とりあえずさっさと歩き出してみた。そうしたらまだ居たらしい追手と小路を抜けたところで思いっきりはち合わせする。思いっきり目が合った。

「…この貸しは大きいぞ」

ぐい、とおれの腕をひく洸の腕。後傾するおれの身体を支えて立たせて、おれの位置と立ち替わりに洸が剣を抜くのが見えた。手の中で峰を返す手つきもさまになっていて、洸がどれだけ喧嘩慣れしてるのかよく分かる。まあ最近は大体おれがまいた種だけどな。

「助かった」
「お前は隙だらけ過ぎるんだっての!」

またたくまに小路にぐったりした追手達を吹っ飛ばした洸が剣を収めておれを振りかえる。とりあえずそれに近寄ると、ぐしゃっと頭を撫でられた。昔は逆だったのに、とか思いながら肩を竦めて、おれは歩き出した洸の隣に並ぶ。

「そうだ、きょうは晩飯、おれが作ろうか」
「…いやいい。全力で遠慮する」
「貸しを返そうとだな」
「台所吹っ飛ばす気か」

いささか失礼なことを言いながら、陽炎の中で洸が笑ったのがわかった。やっぱり笑うとまだ、いつもおれのうしろを付いて回っていたちいさい洸の名残が見えておれはほっとする。

「…いいんだよ、べつに。返さなくて」
「なんだ、それ」

なんてぎゃあぎゃあやり合いながら帰ったせいで、完全に依頼のことをわすれていた。裏金の証拠をポケットに入れたまま上着を洗濯しそうになったのには、自分でも笑うしかないと思う。









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