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煩雑な仕事は全て学園祭の準備が始まるまえに終えてしまっているとはいえ、生徒会には随時仕事が舞い込んでくる。たいていは練習場所の割り当てに関するいざこざだとかそういうのだったから学園祭の実行委員がなんとか捌いているのだけれど、それらを後日取りまとめて対策を練ったりするのは悠里以下生徒会の仕事なのだった。
というわけで、悠里はクラスメイトに断って生徒会室に籠っている。あと一時間もあれば片が付くだろう。全寮制ということもあり、基本的にこの期間はほとんどの生徒が遅くまで学校に残ることになっていたから、この後も悠里は練習に合流することになっている。
「こっち出来たよ」
「ごくろうさま。飴食べる?」
「食べる!」
微笑ましいやりとりをしている書記と会計をちらりと見て、悠里は書類を捲る手をすこし早めた。かれらも学園内では人気のある生徒であるので、おそらくは劇でも重要な役をやることになっているだろう。早く教室に戻してやりたかったが、如何せん全ての作業が終了しなければ生徒会は自由になれない。
「悠里、半分回して」
「…悪いな」
手を伸ばしてくるふたりに甘えて、書類を半分に分ける。これで恐らく、もうすこしで作業を終えられるだろう。無口わんこ系とチャラ男系という異色だけれど仲のいいふたりのほか、本来ならここに居るはずの副会長や庶務は学校中を駆け回ってトラブル解決に追われていた。忙しいのはいつもと変わらないな、なんて思いながら、悠里はふいに書記が秋月と同じクラスだった、と思い出して、ふいに尋ねてみる。
「お前のところは、劇、なにをやるんだ?」
「ハムレットだよ」
「人魚姫だもんね、悠里」
無言のまま書類でべしんと頭を叩かれて、ピンク色の頭をした会計は舌を出して肩を竦めた。こっちのほうはたしか椋やリオンのクラスだったはずで、こちらもにこにこしながら書類を受け取って答えてくれた。
「…俺のところは、白雪姫」
「こいつ、王子さまなんだ」
なるほどそれで最近椋くんがチャラ男攻めテラモエス!と叫んで柊に飛び蹴りを喰らっていたのか、と絶対に口には出せないけれど納得して頷くと、かれは整った顔を綻ばせた。椋の脚本はだいぶかなりものすごく怖いけれど、妹が楽しめそうなので良しとする。
「会長のところのお姫様は、どうしてもお姫様をやりたくないっていうから、王妃様」
悠里のところのお姫様。きっとさぞ美しい白雪になっただろうに、リオンは断ってしまったらしい。もったいない。理由に心当たりがないわけではないから、悠里もあまりそれに関してはコメントを出しづらかったのだけれど。
「あの子が悪女をやると思うとゾクゾクするよね」
「似合いそうだな…」
ぼそりと本音が出た。あの悠里を庇ってくれたときのような眼で恐ろしい継母の役をやると思うとちょっと怖かったけれど、楽しみだ。今度会ったら聞いてみよう、と思う。秋月にも。ハムレットといえばシェークスピアの名作だ、どんなものになるのか楽しみだった。
「ハムレットは、」
と、かれに尋ねてみる。チョコを口に放りこみながら振り向いた書記が、そこまで口に出しただけで気付いたように答えてくれた。
「秋月さんだよ」
「え、」
思わず声を出したのは会計のほうだった。お前かと思ってた、といって目を丸くしている。それも当然だろう。秋月はあまり目立つ事を好むタイプではないはずだったから、悠里も驚いてそっちを見る。
「俺はほら、まだ全快じゃないから。アクションシーンもあるみたいだし、断った」
といってちょっと困った風にかれが笑う。そういえばかれは、夏休みの騒動で怪我を負っていたのだったか。やはりまだ身体は本調子ではないらしい。大丈夫だよ、とあわてて両手を振っているかれにとりあえず手元にあったチョコを放ってやって、悠里は秋月の端正な表情を思い起こした。
「ほかに俺のクラス、似合いそうなやつがいなくて。それで秋月さんに頼んだら、しょーがねえなあっていってたよ」
「あの人、カッコいいもんね。俺とはタイプが違うけど」
「お前みたいなのが沢山いたら、困るだろう」
「あはは、悠里ひどい!」
去年はなんとか裏方で済んだんだけどな、と笑っていた、と書記がいう。二年目になる劇だったら確かに勝手も分かっているかもしれない。今度応援しておこう、と思いながら悠里は手元の書類にホチキス止めをして、今日のところの仕事を終了させた。
「終わった。手間をかけたな」
「こっちも終わったよ。じゃ、頑張って人魚姫!楽しみにしてる!」
「…ッ、この」
「俺も、たのしみにしてる」
もう一度会計を殴りつけようとしたのに、書記のわんこにそんなふうににっこりとされてしまっては何も言えない。そんな悠里を見て愉快そうに笑った会計が、きょとんとした書記の腕を引いて悠里に手を振りながら生徒会室を出ていった。なんとなく笑ってしまってから、悠里もクラスに戻ろうと表情を引き締め直す。学校祭まで、あと二週間あまりだった。