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Beyond Good and Evil 5





到着した町では、自分が今度の勇者であることを周到に隠すことにした。レオンが俺に、これ以上の旅の仲間はいらないと言い張ったからだ。確かにこれまでのかれの様子を見ていても、多分かれひとりで魔王の前まで俺を連れていってくれるだろうと思う。お前とずっと二人旅か、と軽口を叩くと、かれはいつもみたいに不満かよなんていって笑ってくれた。それに酷くほっとして、俺は念のために買っていく薬草を選ぶ作業に没頭することが出来る。かれはかすり傷ひとつ拵えていなかった。その剣は魔物の爪を弾き返し、襲いかかってくる盗賊を薙ぎ払い、行く手にふさがる魔力が籠った蔦を切り裂いている。かれは強かった。強すぎた、不自然なくらいには。

「そんなにいらねえよ。次の町まで三日もあれば着く」
「…次の町って?」
「……、次の中継地だ。ここから東に進んだ先にある」

魔王の城までのコースは二通りあった。一方は大きな森を突き抜けるルートで、もう一方はそれを迂回するルート。かれが選択したのはどちらなのだろう。三日しかかからない、というのだから、森を抜けるんだろうか。

「森を抜けるのか?」
「…、ああ、そうだ。その方が近いし楽だろう」
「なんだか、お前らしくないな」

かれはいつも用心深く、周到なひとだった。だからその物言いが俺のにすごくよく似ていたから、なんとなく笑ってしまう。いっしょにいて俺の性格が、少なからずかれに伝染ったのかもしれない。不服だったようで俺に背中を向けてしまったかれのことは放っておいて、俺は大目に買った薬草を道具袋に突っ込んだ。レオンが強いせいで使い道のない回復薬と暇を持て余す俺も、そろそろ役に立つときがくるかもしれない。

「レオン?」
「…、行くぞ」
「武器屋は?いいのか」
「さっき行ってきた」

やっぱり、ひどく用意周到だ。研いでもらったらしいかれの剣をぽんと叩き、それから思い出したようにレオンが雑踏のなかで俺を振り返る。今日は宿を取ってあるから、あとはゆっくり休むだけだった。

「…?」

ちょいちょい、と手招きされて、俺はかれに寄っていく。僅かに口元を緩めたレオンが、俺の頬に手を伸ばした。思わず跳ねあがった俺の心臓のことなんか知らんぷりで、かれはそのままするりと俺の首の後ろに手を滑らせる。

「…な、なんだ?」
「アクセサリだよ。念のためな」

かれが俺の首にぶら下げたのは、深く深い赤色のペンダントだった。肌がすこしぴりぴりしたから、おそらくは魔力の籠ったアイテムだろう。きょとんとその藍の瞳を見上げると、レオンはすこし悲しげに笑った。俺の知らないかれだ。

「なんのアクセサリなんだ?」
「知らね。」

し、知らね。って…。思わず唖然とした俺に構わずに、かれはどんどん先に行ってしまう。人ごみにまぎれてかれの癖っ毛を見失うといけないから、俺は慌ててかれの背中を追った。どうしてレオンはこの複雑な町を迷わず歩いていけるんだろう。地図を一瞬で頭に入れられるっていうのはすごい。俺には到底無理だ。

胸元で赤い宝石が揺れる。かれからもらった初めてのプレゼントが嬉しくて、俺はすこし浮かれていた。訳もなしにその表面に触れて傷ひとつない滑らかな感触を味わったり、そんなことをしてレオンに呆れられる。効果があってもなくても、たとえ防御力が上がらなくたって全然かまわなかった。

「これ、高かった?」
「べつに」
「ありがとな」

同時にちょっと落ち込むのは、そんな何らかの効果を持つアクセサリを持たせておくくらい俺はお荷物なのかってことだろうか。ほんとならレオンはもっと防御力の高い装備を買うべきだし、俺だってもっと戦うべきだと思う。でもあいつは軽やかにモンスターを蹴散らすし俺なんてあいつの荷物をおっつけられるせいで、なんとか剣を構えるころには全部片付いてるってことがままあった。ここまでの旅で倒したモンスターの数はたぶん片手で足りる。たしかにレオンが戦ったほうがずっと早いけど、俺だって救世の勇者なのだ。それに、もっとちゃんと戦いたい。二人旅なんだし、足手まといになってばかりじゃいけないと思う。

いまのところまったく使い道のない薬草が入って膨れ上がった道具袋をぽんぽんとなんとなく叩きながら、俺はレオンの背中を複雑な思いで眺めた。この旅で俺は、いつだってこの背に隠れている。勇者は、俺なのに。レオンはいうのだ、「俺が魔王を倒す」って。これじゃどっちが勇者だか分かりやしない。

魔王の強さは、尋常じゃない。俺が最大の黒魔導を発動させても、息の根を止められるだろうか。けれど俺が魔導を使えば、そのあときっとレオンが魔王を倒してくれる。俺がいくら非力だって、この身体を満たす魔力をすべて使えば致命傷くらい負わせられるだろう。レオンを見ていると、それで十分だと思えてすこし気が楽になった。

魔王を倒したいレオンの役に立てるっていうのなら、俺の死も無駄にはならない。そう思うとやる気も出て来るというものだ。その気分のまま、宿の前で立ち止まって俺を待っているレオンへの距離を詰める。楽になったはずなのに胸元で跳ねる赤い宝石のせいか、ほんのすこしだけ泣きたくなった。













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