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30



何組かのカップルは、とても幸せそうに見えた。言葉が通じなくても、出会いがどうであっても、幸せそうに、スグリには視えた。木の影に隠れて余興らしい歌を聞きながら、ゆっくりと霞む視界でスグリは瞬きをする。

―――さよなら。

こころのなかでそっと呼びかけて、スグリは空を焦がす篝火を見上げた。あの満月の夜と同じだ。時が経てば、別れは必ずやってくる。スグリはいつも、この時の流れ、というものに、取り残されている。それだけの、ことだった。

もう戻ろう。アカネに謝らなきゃ。シルヴァがなにをいっていたのかも、聞かなければならない。そう思って、そっとスグリが林を抜けて集会所を探そうとしたとき。

「…!」

背後から、ものすごい力で腕を引っ張られた。がくんと身体が悲鳴を上げて、スグリは声を上げる間もなくだれかのもとへと引き寄せられる。誰、と言おうとして、口を掌で覆われて出来なかった。心臓が止まりそうになるくらいにびっくりして、スグリは暗闇のなかで誰なのか探ろうと精一杯目を凝らす。向こうもおなじような動きをしていることがわかった。

…分かって、絶句する。思わず抵抗していた身体の力が抜ける。その手がスグリの頭に乗っていた冠を外し、目を丸くしてスグリのほおを頭を、確かめるように撫でる。

「…スグリ」

スグリを背後から捕まえたのは、姉を娶った優しい義兄に、相違なかった。

「クサギ…?」
「無事だったんだな…!よかった、ほんとうによかった」

かれはスグリをぎゅっと抱きしめると、そう言って喜んでくれた。かれがこんなところにいる理由が分からなくてスグリが混乱していると、背後から囁くような違う声がかかる。

「クサギ。きもちは分かるが、もう行かないと。…スグリはここに居ろ。決して動くなよ」

それはクサギと同じ年頃の、スグリのムラの青年だった。そう言ってぽん、とスグリの頭を撫でてスグリの肩を背後に押しやる。目をぱちくりさせているスグリの頬にもう一度触れて、クサギがスグリに耳打ちをした。

「急襲だ、お前たちを奪還しにきた。…行くぞ!」

高らかにクサギが吼えると、地響きのようにそれに応じる声が上がる。スグリは茫然とした。ムラの若者たちが殆どいるんじゃないか、という人数が、ぐるりと儀式の会場を取り囲んでいたらしい。勢いよく篝火のもとへと駆け込んでいくのがわかった。

「ま、待って…!」

何で今日なんだ。違うんだ、待って。カンナの婚礼が襲われたときとまったく同じことを、スグリは思う。なんで。なんでよりによって今日なんだ。違う、彼女たちはここに居ることを望んでいる。待って。そんなスグリの声は無論届くはずもなく、大混乱となった儀式の会場のほうでは女たちが強引に引っ張られてそれぞれ林のほうへ逃げるのが見えた。用意されていた花籠が蹴飛ばされ、あの花束が散らばっている。ムラのあちこちで、悲鳴や怒号が上がる。スグリはどうすればいいのかわからなくて、立ちあがることすら出来ないで尻もちをついた姿勢のままでそれを茫然と眺めていた。

ここにいたら、きっとクサギが戻ってきて、スグリを連れて逃げるのだろう。…それはスグリにとって問題のないことのはずだった。もともと明日の朝には、戻るつもりだった場所なのだから。だけれどスグリはいま、逃げなければ、と思っている。ここにいたら、連れ戻されてしまう。逃げなければ。

「スグリ!」

名を呼ばれ、ハッとした。
追う者に追われる者、殴られたかしたらしく倒れている者に、混乱して逃げまどっている者。そのなかに駆けてきた背の高い、深紅の髪の青年が見えた。スグリの名を呼んで、きっとスグリを探しているのだろう、左右を見回している。シルヴァだ。

シルヴァ。

かれの名を呼べば、きっとかれは来てくれる。それでスグリが連れ戻されないよう、守ってくれるだろう。…シルヴァ。何度となく呼んだその、スグリにとってとても大切な響きを持つ名を、けれどどうしても、スグリは呼べなかった。

かれを呼べば、シルヴァはきっとスグリを見つけ出してくれる。それは確信を孕んだ予感だった。だからこそ。

咽喉に何かが詰まったみたいに、どうしても言葉が出ない。呼んではだめだ、と叫んでいるのは理性だろうかそれでも罪悪感だろうか。どちらにせよ、スグリはかれの姿を見つめていることしかできなかった。ばかだ、と思いながら、待っている。…シルヴァではない。スグリをあのムラへ連れ戻す、違う手を。

「…引け、引け!!」

叫んだのは誰の声だろうか。さあっと波が引けるように、襲撃者たちが引いていく。一目散にこちらに戻ってくる義兄を見つけて、スグリはゆっくり手を伸ばした。これでいい。これでいいのだ、と自分に嘘をつき続けながら。









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