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忍はさっきから何か文句ばっかり言っているけれど、俺は大変解せない気持ちで一杯だった。今日、というか日付がもう変わったから昨日、大御所がごねたせいで長引くに長引いた撮影を終えて俺は家に帰ったわけだが、部屋の電気をつけたその時ちょうど幼馴染から電話が入ったわけである。基本的に(たぶん忍なりに俺の仕事のことを慮って)連絡はメールで寄越す忍からの電話ってわけで、俺も慌ててそれに出た。そしたら、

「りゅーたろ、終電乗り遅れちゃったー、迎えにきてー」

という、べろんべろんに酔っぱらった幼馴染の声がしたわけである。で、俺はたいへんにいい奴なので、そのままあいつを迎えにいってやった。こういうときにバイクの免許を取っておいてよかったな、と思う。なんとか辛抱強く聞きだしたところあいつは少し離れた安い居酒屋で、大学のサークルの友達と呑んでいたらしかった。そこに入って、個室にいるという忍を探し、見つけた部屋でそのなかのひとりに凭れて爆睡していた幼馴染を自分でもこれは無いわってくらい大声で呼ばわって、すこし。

さっき店員に三度見されたけどなんとなくそのまま入ってきたこの店の入り口と違い、さすがに間近で見ると俺がテレビに出てる芸能人だってことはわかってしまったらしく、忍の友達連中はものすごく固まってた。ちょっと申し訳ない。俺の声が聞こえたのかそれとも部屋の異変を感じたのか目を覚ました忍と目があって、忍が負けず劣らず大きな声で俺の本名を呼んで飛び起きたのは、ちょっと笑えたけど。

「なな、な、なんでこんなとこに来てんだよ!?」
「お前が呼んだんだろうが」
「えっ、なにそれ!?うそだろ!?」

一気に酔いが醒めたらしい忍にほとんど店から引っ張り出されるようにして、俺は無事にこの馬鹿のお迎えを完遂した。ていうかお前友達置き去りでいいのかよ、金払えよという俺のツッコミはスルーされている。ひどいやつだ。そしてバイクの後部座席に乗っけてヘルメットも被せてやって、俺がひどく甲斐甲斐しく世話をしてやったというのに、さっきから忍は文句たらたらである。

「ばか、なんで来ちゃうかな…、お前は高木龍一郎なんだぞ?」
「だから、お前が呼んだんだろって」
「だって、それは酔ってたからで!まさかほんとに来るなんて」

ばかばか、と忍が俺の背中に頭をぶつけている。ちょっと痛い。けれどこれは忍が照れ隠しをしている証拠だってことを幼馴染の俺はしっかりと分かっているので、されるがままにしておいた。…もしあの電話が忍からじゃなかったら、絶対に出なかったと思う。俳優仲間とはたまに気が乗ったときに遊ぶだけで、休み自体が絶対的に少ないなかでわざわざ仕事の知り合いと会ったりはしたくない。けれど忍は別だ。出来るなら構っていたいし、そばにいたい。ほんとうはこの感情の名につけるべき名前なんてとっくのとうに自覚済みだけど、俺はそれを見ないようにしていた。

だから今は、これでいい。忍は明日からあの友達たちに「お前高木龍一郎のなんなんだ!」とか質問攻めにあうだろうが、俺の知ったことじゃない。喉元まで出かかった、なんであんなにべたべた他のやつとくっついてたんだよ、なんていう台詞をなんとか呑みこんで、俺は黙って忍のことばを聞く。忍がひととスキンシップを取ることに抵抗のないことも、ひとの懐にするりと入りこんで浸透するのがすごく上手いということも、ずっとそばで見てきたから、よく知っていた。だからそんな嫉妬は見苦しいと、わかっている。嫉妬なんかを忍に見せられないってことも、しっている。

「…ごめん」

信号待ちの短い静寂。ぼそり、と忍が吐き出す。俺は僅かに眉を潜めて、肩の後ろを振り向こうとした。けれど背中にぐいぐいと忍が頭を押しつけてくるせいで、それは出来ない。

「…お前に迷惑かけちゃいけないって、お前はもう前とは違うんだからって。わかってるんだ。わかってるんだけど」

いつになく殊勝な声だった。きっとまだ、頭のどこかが酔っているんだろう。だから俺も、それを前提にして聞いてやる。そうでもないと今すぐにこいつに反論したくてしようがなかった。第一お前が俺に遠慮したことなんてあったのか、あったならもうやめろ、と言ってやりたくて、出来ない。

「…やっぱさ、お前は龍太郎なんだよ……」

忍はひどくアンニュイな声音でもって吐き出すと、そのままゆっくりと身体ごと俺に寄りかかった。信号が青に変わる。ふたたびバイクが走り出す。

「あたりまえだろ」

聞こえるように声を張り上げれば、腰に回った腕の力が強くなった。それをうれしい、と思う。こうして忍から俺に歩み寄ってくるのは、とてもうれしい。自分から俺との間に壁を作ったくせに、その壁を前にひどくうろたえている忍の姿は俺からすればひどくもどかしいものだった。俺はいつだって、なによりもさきに龍太郎であるつもりだ。たとえどんなに人気になっても、それでも俺は、いちばんにこいつの幼馴染である高木龍太郎でいたいと思う。

ごん、と俺の背中に頭を打ちつけて。忍が、ありがとな、と言った。









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