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院のほうでちょっと教授個人のお願いごとを聞いていたせいで忙しく、ここ数日龍太郎の家に行っていなかった。で、その教授(奢ってくれるからいい人)が無事に息子の成人祝いの贈り物選びを終え、息子さん20歳の誕生日も昨日だったので俺はようやっと暇になり、こうして龍太郎の家へ向かっているわけである。しかしあの教授の太っ腹度は半端ない。俺はあの人のすごく受講者の少ない講義出身なので特別親しいんだが、まさかあれだけ立派なレストランに連れてってくれてしかもお土産までくれるとは思わなかった。息子さんも喜んでいたし、なによりである。

てなわけで俺は上機嫌、ほろ酔いで龍太郎んちに入ったわけである。電気が付いていなかったから、てっきりまだ帰っていないんだと思った。溜まった洗濯物片付けて近所迷惑になんない程度に(といってもこのマンションなら防音かも)掃除機かけて、あとは二三日は持つっていう母さんから預かった料理を鍋ごと冷蔵庫に突っ込んでおく。ついでに教授が持たせてくれたお土産のお菓子もちょっとおすそわけしておいてやった。かんぺき。

今日は龍太郎んちに泊る気分でもなかったので、任務が完了し次第帰るつもりだった。ちょっとサボってたことはマネージャーさん(鬼)には黙っといてね、というメモを残すことも忘れない。俺は用意周到な男である。

「…忍」

と、思ったら、超人気俳優は在宅していらした。寝起きの顔を写真に撮って売ったらさぞ高値になるんだろうなーと思いながら、俺は寝室からのそのそ歩いてきた龍太郎によっ久しぶりっ、と声を掛ける。酔っているから、たぶん寝起きにはきっついテンションだ。

「なに、お前。酒臭いんだけど…」

案の定龍太郎が眉を顰める。寝癖ついててもカッコいいんだから、やっぱり芸能人は違う。ちっちゃいころからモテモテだったけど、芸能界に入ってからなんていうの?垢抜けたっていうか、益々イケメンに磨きをかけている気がする。そしてモテる。今日も隣の席でかわいい子がこいつの話してた。羨ましい。爆発しろ。

「あはー、呑んできたからさ。赤ワインだぜ!めっちゃ高えの!」

他人の金だから痛くもかゆくもないけどな!そういって笑う俺に近づいて、龍太郎はますます顔をしかめた。それから何か言おうとして、それですぐに黙る。なんかあったのかな、と思ったけど、結構酔っているって自覚があるのにそれを聞くほど俺はデリカシーのない男ではなかった。

「じゃ、今日は帰るな」
「…帰んの?」
「うん。ちょっと呑み過ぎたし」
「なら泊ってけばいいだろ…」

けれど甘えるばかりではいけないと俺もちゃんと気付いている。こいつはもう俺とは住む世界のまるでちがう芸能人であり、俺は一度寝ると十時間は起きないという能力の持ち主であり、夜中に帰ってきて朝早く出かけるであろうこいつんちでぐーすか寝ているっていうのは、さすがに俺でもまずいなって罪悪感はある。

「いや、いいよ。それじゃ」

と俺がカッコよくデキる男を演出して帰ろうとしたってのに、龍太郎は俺の腕をぐっと掴んで引きとめた。むすっとした顔はこいつがかなり機嫌わるいときのそれで、俺も伊達に何十年もこいつと付き合ってないから、こういうときの龍太郎に逆らわないほうがいいってことは知ってる。

「泊ってけ。…俺、腹減ったんだけど。なんかない?」

俺の気づかいは、こうして簡単に無駄になった。もうこれ以上言い争うのは得策ではないとわかったから、俺はどうやって明日早起きしよう…と悩みながらとりあえずキッチンへ向かう。さっき冷蔵庫にしまったのは母さん特製のカレーだ。さすがにこれを出すつもりはない。寝起きにカレーはきつすぎる。

「あ、ゼリーあるよ。桃とさくらんぼどっちがいい?」
「桃」
「じゃあ俺さくらんぼにしよ」

となりに入れておいた、きょうのレストランのお土産が役に立った。スプーンとゼリーを持って龍太郎がソファに座ってる部屋続きの居間にいくと、すこし頭のしゃっきりしてきたらしい龍太郎が無愛想にさんきゅ、と言ってゼリーを受け取る。

レストランの料理はすごく美味しかったから、これもきっと美味しいに違いない。今度の敬老の日は教授に何かあげよう、と心のメモに書き留めて、俺はきれいに包装されたそれを解いてゼリーにスプーンを潜り入れた。

「美味い!おい龍太郎、これちょうおいしい!」

黙ってぼうっとしている龍太郎をせっついて、俺は夢中になってゼリーを食べる。リキュール?洋酒?がちょっと入ってる感じのゼリーは、冷たいのど越しもあいまってとても美味しかった。上品な味だ。

「…これ超高い店じゃん。…、何、忍が持ってきたやつ?」
「げ、そんな高いの?…そ。貰った」
「貰った?」
「そうそう。あ、最近、大学でちょっと色々あって。今日そこのレストラン連れてってもらったんだよ。俺フランス料理のフルコース食べるの夢だったんだよね」

エスカルゴ出てこなくて良かったような残念なような。とにかくちょうたのしかったし、おいしかった。誰かに話したくてたまらなかったのを龍太郎にすっかり話してしまってすっきりして、ついでに龍太郎の桃のゼリーも二、三くち強奪して満足する。

「…フランス料理?食いたかったのか?」
「そうそう。なんか憧れないか?それ覚えててくれたみたいでさー」

そういうのって嬉しいよな。ただ共感してほしくてそう言ったのに、龍太郎はすごく難しい顔をして黙りこんでしまった。それから俺ははっとして、そういや今日のこいつは変だったなと思い出す。なんか仕事であったんだろうか。それなのに自分は楽しい話ばっかりして、いらついたのかもしれない。そう思うと、俺もなんとなく口を開くのがはばかられるような気がした。

「あ、と、とりあえず、そんだけ!起こしてごめんな」
「いや」

短くそういって、龍太郎は寝室に引っ込んだ。やっぱりなんかあったのかな、悪いことしちゃったな、とちょっと落ち込んでいたら、俺がいつも泊まるときに使ってる枕とブランケットを持って戻ってきた。それを俺めがけて放る。思ったより枕が重くてそのままソファに倒れ込むと龍太郎がいつもみたいに笑ったので、なんかすごくムカついて俺はそのまま不貞寝してやった。…まあ、きっかり十時間安眠したのは言うまでもない。龍太郎が作ってくれたらしい朝飯が美味かったので、無駄に気を遣わせられたことは許してやろうと思った。











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