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ホームルームの時間を使って劇の話し合いが行われている。監督脚本を一任された生徒は、悠里でも知っているような有名な映画監督の息子らしかった。さすがこの学園、と思いながら、監督とクラスメイトたちが劇の方針について話し合っているのを遠い目で眺めている。となりでは雅臣が窓枠に腰掛け、秋の気配を感じさせている木々の色めきでも見ているようだった。まだ夏の残滓がそこかしこに残る気温と違い、木々はその裡に冬を待つなにかを備えているらしい。

「悲劇にするか、喜劇にするか…」
「ここは純愛モノでいこう!」
「いや、お涙頂戴のさ…」

などと好き勝手言っているクラスメイトたちと、それを熱心にメモしている監督。衣装や舞台装置を作るグループも編成され、着々と劇の準備に入る準備が進行しつつあった。そんななか手持無沙汰な人魚姫に、王子が声をかける。

「悠里、なんでそんな世界の終わりですみたいな顔してんの」
「……知ってる癖に」

コンタクトレンズ越しに怨みがましい目で睨まれて、雅臣はちいさく笑った。前はすこしも気付かなかったけれど上がり症らしいこの氷の生徒会長もどきに果たして劇の主役が務まるのか、それは雅臣もたしかに心配している。この生真面目な男が完璧に役を演じようとして苦しむのではないか、とも。それを止めてやれるのは自分しかいないのだということもまた、雅臣を柄にもなく真面目にさせていた。

「大丈夫だって、オヒメサマ」
「…」

長い腕を伸ばし悠里の髪のひと房を掬った男が、そんなことを言って笑う。言い返そうとしてここがクラスであることを思い出し、氷の生徒会長は沈黙を守った。そして、それとほぼ同時。

「決めた!」

と高らかに監督が叫んで立ち上がったから、クラスはしんと静まりかえってしまった。しかしそんな状況を意にも介さず、かれは悠里と雅臣のほうに視線をやって拳を固める。

「二人とも、立って!くっついて!」
「え、は?」
「はいはい」

何?と言いかけた悠里の腕を引いて立たせ、雅臣は背後から悠里の腕を取って密着した。抱きしめられているわけではないししかも監督に言われてやっていることだから悠里も文句をいうに言えず、黙って何かを考えているらしい監督を見ることしか出来ない。雅臣のほうも何がなんだか分かっていないらしかった。悠里の手首をぱたぱたと手慰みに動かして遊びながら、クラス中の視線が突き刺さっている悠里の背中を心配げに眺めている。

「ダンスシーンを入れよう!」

えっ、と間抜けな声を上げた氷の生徒会長は、幸運なことに誰にも気付かれることがなかった。クラスに巻き起こったざわめきやら歓声が、すべてそれらを打ち消してくれたせいである。人魚姫にダンスするシーンなんてあったっけ、とか、そもそもダンスなんて踊れない、とか、氷の生徒会長が口が裂けても言えないことをぽつぽつと思いながら悠里は救いを求めてほんの僅かに高い位置にある雅臣の顔を窺った。ダンスねえ、なんて呟きながらまだ悠里の手首を掴んだままのかれは、その視線に気付いて笑みを見せる。

「その顔、すげえソソる。キスしたときみたい」
「…」
「いってええ!!反則!それは反則!」

なんの躊躇いなく股間に叩きこまれたひざ蹴りに蹲った雅臣は無視をして、悠里はすごい勢いでメモを書き殴っている監督のほうを窺う。うしろのほうでドレスの算段を付けているクラスメイトたちの話はすこし耳に痛かったけれど、一度引き受けた以上悠里にそれを嫌がることも出来なかった。悠里は生真面目なのだ。

「どんな話になるんだ?」
「あ、会長。いや、舞台はアンデルセンの人魚姫の百年後…泡になった人魚が愛した王子の子孫と人嫌いの人魚が出会ってしまう話なんてどうかなと思っていて」
「ああ、なんていうか、俺が思っているよりも本格的なんだな…」

長編小説にしたらそれなりに売れるんじゃないかっていう設定にすこし表情が引き攣ったけれど、監督は悠里には読めない文字の羅列の綴られたメモを捲りながらひどくいい笑顔になった。かれの頭には演じるのが両方とも180センチ近い男だとか全然ないらしい。ある意味この学園らしいのかもしれないけれど。

「ハッピーエンド、ビターエンドにバッドエンド。どれも捨てがたい」
「へえ、面白そうじゃん。で、ダンスはいつ使うんだよ?」

若干足を引きずりながら復活したらしい雅臣が寄ってきた。監督は嬉々とした表情で語る。ほんとうに劇がすきなんだなあと思わせる表情に、少なからず悠里のやる気が出たのも事実だ。頑張っている人がいるなら頑張ってそれに応えたい。そう思うのは、当然のことである。

「人間の足を図らずも手に入れてしまった人魚姫を、王子はパーティに連れ出すんだ。どうして人魚姫が塞いでいるのか、わからないからね。けれどそこで姫は、王子のことが気になりはじめて―――」

台本を書くのが今から楽しみだよ。満面の笑みを見せてくれたかれは、いままでそれほど目立つ生徒ではなかったように思う。だからこそ学校祭は楽しいのだ。それぞれがそれぞれの得手で働く。皆が生き生きして見える。

「悠里、ちょっとこっちに来てくれる?」
「衣装の採寸がしたいんだ!」

うしろのほうで生地のサンプルを見ていた生徒たちに呼ばれて、悠里はかるく頷いてそちらに寄った。なんとなく笑ってみても、だれもなにも言ってこない。ただ笑い返して、悠里を輪の中に迎え入れてくれるだけ。そして悠里には、それがたまらなくうれしかった。少しずつ、ほんの少しずつだけれど悠里は変わり始めている。

「ダンスは何にするんだ?ワルツ?タンゴ?」
「ワルツにしよう。スローとウィンナーだとどちらがいい?」
「場面にもよるけど俺はウィンナーのほうが好みだな。美しき青きドナウなんてどうよ」

雅臣と監督がまだなにかを話しているようだ。どうやら船のステージをつくるらしい大道具班が設計図を書いている。クラスだけでなく学園全体がふっと沸いているような気がして、悠里まですこし浮かれているような気分になった。








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