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Beyond Good and Evil 4





かれはものすごく強かった。そこらへんのモンスターやなんかなんて全く歯が立たないで、一刀のもとに斬り捨てられている。弱い剣の腕でどうしようかと心配していた俺の出番は、ほんとうにまったくなかった。

「――よし。行くぞ」

行く手に立ちふさがったたぶん中ボスくらいの魔物をあっというまに倒してしまったかれが、かるく剣を振って露払いをして俺を振り返った。こうしてかれが俺を振り返るそのとき、ふっと優しくその表情が崩れるような気がしている。けれどそれを確かめる間もなく、かれはずんずんと先に進んでいってしまった。洞窟を抜け、草原へと出る。このまま真っ直ぐ進んだところに次の中継地である町があるはずだ。

「ま、待て。お前、そんなに強かったっけ…」

立ち止って俺を待ってくれた背中に声を投げかける。僅かにその肩が揺れた。俺はただ足手まといになってばかりで、けれどかれはそれに憎まれ口ひとつ叩かないから、逆に不安になってしまうのだ。

「―――まだだ。まだ足りねえ。俺はもっと強くなる」

かれがそこで、言葉通り力を渇望する強者の笑みをしているのなら、俺も多少は安心出来る。かれが戦いのなかに溺れてしまわないように、その手を繋ぎ止めることが出来る。けれど、そういって振りかえったかれの顔に刻まれているのはひどく悲しげな笑みだったから、俺は何も言えなくなった。なんで、そんなに泣きそうな顔をするんだ。聞きたいのに聞けなくて、俺まで泣きそうになってしまう。

俺のしらないかれは、いつも悲しそうに笑っている。

「…待って」

つらくなって、先をいくかれの手を掴んだ。恥ずかしいことをしている自覚はあるのに止められなかったのは、このままだとかれが俺の手の届かないところにいってしまうような気がしたから。いつだって掴めると思っていたかれのこの長い手指を、永遠に失ってしまうような気がしたから。

「―――なあ、お前、何か俺に隠してないか?」

すると、勢いよくあいつが振り返った。掴んだ手はほどけてしまいそうだったけれど、あいつが痛いくらいに俺の手を握り返したからより一層距離が近くなる。また前みたいに抱きしめられるのかと思って身を竦めるけれど、あいつの腕は俺の背中に回ることはなかった。

「…ッ、お前が!」

怒鳴られて身を縮ませた俺がきっと怯えた顔をしていたからか、あいつの語気荒い声はそうひとこと発しただけで和らぐ。まだ硬直したままの俺の手首から手を離し、あいつは俺に背中を向けた。なんだかこころの距離を象徴されたみたいで切なくなる。あの孤児院で、いつもあいつは俺が延べた手を離さなかった。それがとてもうれしかったのを、ひどく懐かしく思い出す。

「―――お前は、俺になにも隠してないのか?」

先ほどの激昂がなかったかのように、平坦になった声音が聞いた。思わず身体を強張らせて、俺は自然に見えるように細心の注意を払っていた自分のことを思い返す。こいつにバレるようなことはなにひとつしていない、はず。哀しげな顔だって見せていない。夜中に膝を抱えて泣いているわけでもない。なにか不自然なことが、あっただろうか?

「な、…にを」
「…いや、何でもねえ」

再び歩き出したかれは、俺にこれ以上の追及を赦さない雰囲気を背にしていた。俺はだから、唇を噛んでその背を見つめる。視線だけで、俺の知っているかれでないようなかれを、必死で追い掛ける。でないと、かれが俺には測り知れない深淵のなかでひとりぼっちになってしまうようなしたから。

相変わらずぶっきらぼうなもの言いも、その態度も俺のしっているかれと変わらない。なのになんだかかれは別人のようだった。俺の知らない間に、なにかひどく大きな出来事が起こったみたいに。俺はそれを恐ろしいと思う。同じ孤児院で育った俺たちの間にそう大きな隔たりが生じるわけがないのに、旅に出るまでのかれといまのかれは違いすぎた。

「…早くしろ。置いてくぞ」

走ってもすぐには追い付けないくらいまで距離が離れて、かれがそう声をかけてくれるまで俺は立ちつくしたままだった。あわててかれの背中に駆け寄る。せめて、かれがかれのこころの裡に抱えたそのなにかとても重苦しいものを俺に告げてもいいと思ってくれるときまで、俺はかれを追い掛け続けようと思う。俺の旅というよりかはもうすべて行き先をかれに委ねているようなこの旅で、それでもかれから離れないでいようと思う。――それが、俺の、この旅の終わりが最期になる俺のそう長くない人生で唯一成せることだと思ったから。

「そんなに急がなくたっていいよ、レオン」

かれの背に駆け寄る。俺の死に歩み寄る。笑っていったはずなのに、逆光のかれがひどく辛そうに表情を歪めるものだから、俺はなにも言えなくなった。なんでそんな辛そうな顔をするんだ。まるで、俺のかわりになるようにして。言えない言葉を無理やりに飲み込んで、俺はかれと肩を並べる。空は痛いほど青かった。














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