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あるいは名前をポチ
男前×ドS



あの人ほんと怖い。そこで優雅にクラシックなんて聞きながらコーヒーを口に運んでいるあの人のせいで俺はこんな時間まで学校に居残りだし、おまけにせっかくかわいい女の子にメアドをゲットできるところだったのにその子は俺になんて目も向けずにかれに熱を上げている。さいあくだ。諸悪の根源だ。魔王だ。

「――何をそんなに苛立っているんだ?」

さらさらの黒髪に縁なしの眼鏡、涼しげで甘い眼差し。どこからどう見ても整った顔をしたイケメン(鬼畜眼鏡)は、ブラックコーヒーをソーサーの上に置いてそうくちびるを歪めた。二人きりの生徒会室、俺の周りの温度が急激に下がる。何をって!あんたが!それを!いうか!!怒鳴りつけようと振り返ったら、鬼畜眼鏡はきもちわるいくらい機嫌よさげににこにこしていた。思わず声が引っ込む。笑ったらきれいなのにふだんの態度と鬼畜眼鏡なところと今日見てきたかれの行動が積み上がっているせいで、悪魔の笑みにしか見えなかった。

「…、あんたが退学処分なんて校長にかけあうもんだから俺は処理に追われてるんです。もっというと俺に気があるみたいだったあの子にがらでもなく微笑みかけて肩なんか抱いちゃったりしたところもね」

出来るだけ嫌味に聞こえるように言ったのに、鬼畜眼鏡はますますうれしそうに表情を笑み崩すだけだった。ちゃんとあんな顔だって出来るくせに。ふだん俺になんか及ぶべくもない完璧な嫌味ばかり吐いているくちびるを、柔らかく綻ばせることも出来るくせに。

「可愛い後輩がいじめられているところを見過ごせなかったんでね。俺はなんていい先輩なんだろう」
「後半完全に趣味だったでしょうが。このドS」

この学校の頂点、生徒会の副会長の座に君臨している目の前の鬼畜眼鏡。名前を千秋さんとおっしゃるこのお方は、何を隠そうドのつくSである。しかもMをいじめるよりS寄りをいじめたほうが楽しいと公言してはばからない本物だ。まあ生徒会のなかでしか本性は出してないけどね。会計の真麻ちゃん(Eカップ)と組んでいつも会長をいたぶっているさまは正直ドン引きですよ。で、そんなかれが本日そのすばらしい頭脳とカリスマ的手腕(とドSさ)をフル活用してくださった根本の理由は、俺にある。

俺は、まあ色々訳があって両親がいない。この学校の理事長にあたるひとが外戚であったのでかれに引き取られて、養われる形でこの学校に入学したわけだ。特待生になれるように勉強だってスポーツだって頑張った。生徒会の一員としても頑張っているつもりである。けれど身元引受人が理事長ってこともあって、裏口入学だ贔屓だだのいちゃもんをつけてくるやつは絶えないわけだ。大抵がちょっとひねくれた小金持ちの息子だったりするので、俺もへたに波風を立てない方がいいかなって思って黙ってそれを聞いていた。

けれど今日、ついに暴力沙汰に巻き込まれてしまったのである。胸倉を捻り上げて俺の背中を壁に打ち付け、このきれいな顔(これは相手が言った言葉です。重要)に傷をつけても理事長は可愛がってくれるかな?なんて下世話な台詞と一緒にカッターをカチカチされて、俺もちょっと怖かった。怖かったから殴り返してもいいかなーなんて思っていた矢先、ハンディカムを構えた鬼畜眼鏡がさっそうと登場してくれたのである。

「…、ちあきせんぱい」
「偉かったね。…一発くらい殴っても、理事長の顔に泥はつかないよ」

ちょっと泣きそうになったのは、ひみつだ。先輩はすべて録画されていたことに気付いて顔面を蒼白にした相手たちを罵り、いたぶり、弄んだ。俺よりちっさいし華奢なはずの先輩がまるで般若みたいに見えた。多分趣味だと思うんだけど、赦してほしかったら土下座して靴を舐めななんて言って(リアルにこういう言葉を聞くとは思ってもみなかった)、それも撮影してから何食わぬ顔で校長にビデオを提出したらしい。ほんとうに鬼畜だ。そこまでしなくていいっていったのに、千秋先輩は譲らなかった。

それから心配して見に来てくれた俺のクラスの女の子の肩を抱き、かれはもう大丈夫だよありがとうねなんてとびっきり甘い笑顔で言ってメロメロにさせた。たぶん先輩がそうしなきゃ、俺とフラグが立っていたはずだってのに。

「……ありがとうございました」

苛立っていたわけじゃない。先輩もきっとそんなことわかってる。俺は、あんなふうに助けてもらえて、うれしかった。俺のために怒ってくれた先輩が、ありがたかった。てれくさくて、どうしていいかわからない。けれど辛うじてそう吐き出すと、椅子に座って長い足を組んでいた千秋先輩がまた笑う。ああやって屈託なく笑えば、とてもきれいなひとだと思う。さっき俺を脅迫した連中を泣き叫ばせていたとは思えないくらいに。

「どういたしまして。」

鬼畜眼鏡(イケメン)は、そういって書類を片付けた俺を手招いた。そのそばに寄って椅子の前で膝を屈めると、まるで犬にするみたいにわしゃわしゃ頭を撫でられる。女王様がペットを可愛がるときってこんな感じなのかーと、わりと自然に思ってしまった自分にものすごく絶望した。けれど心は正直で、ふわっと胸の奥からやわらかい気持ちが沸き上がる。先輩が困ることがもしあったなら、そのときはどんなことをしてもかれを助けよう。そう思っていた。

「……なんで、助けてくれたんすか」
「俺はお前が頑張っていることを知っているからね。お前が波風を立てないつもりなら見過ごすつもりだったが、今日のは度が過ぎていた」
「………そういって、これをネタに俺を先輩の犬にしようとしてるんだ…」
「なるほど、それも楽しそうだ」

言い返す気力を失って先輩の膝に額をくっつけていた俺の頬に、そのきれいで長い手指が滑る。顔を上げさせられて、眼鏡の奥のひとみと目があった。胸が高鳴ってしまったのは、たぶん恐怖から来てるんだと思う。そう信じたい。

「あとのことは心配しなくていいよ。見返りを払うのはお前じゃなくて、あいつらだ」

かれの唇が弧を描く。自然に生まれるやわらかい笑みじゃなく、どこか蠱惑的でぞくぞくするような笑みだ。俺は顔に熱が上がるのを感じた。たぶんきっとおそらく恐怖から来てるんだと、信じたい。信じたいけど、無理そうだ。

「――だから、お前は黙って俺に惚れてろ」

頭の後ろに腕を回され引き寄せられて、俺はよし、と言われた犬みたいに先輩にキスをする。そんなことを言われたら、はい、と頷いてしまうにきまっていた。










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