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甘く苦しい夜が明けると、朝から儀式の準備で大わらわだった。スグリは朝から使えなくなった集会所のかわりにアザミの家でアカネと打ち合わせをしたから、シルヴァとは朝食以来顔を合わせていない。朝までスグリを抱いていてくれたかれとは気恥かしさもあってなんとなく顔を見られなかったから、それでいいのかもしれないけれど。

本番直前とあって、練習も本番同様に行われた。動きにくい華美な装飾のついた服を着せられ、頭にも冠をつけられてスグリはぎくしゃくと動作をしている。対照的にアカネは、それはきれいな舞いの衣装を身につけて、薄絹をひらめかせながらうつくしく舞っていた。

「スグリ、動いちゃだめよ」
「う、…ごめんなさい」

アザミに指導を受けながら、ゆっくりと重い剣を構える。腕がぷるぷる震えてしまうのは治しようもなかった。スグリの腕ではこれが限界である。舞がひと段落するとスグリは剣を鞘に納め、つぎに花束を取り出す。…きょうから本物を使うことになったそれを初めてみたとき、スグリは思わずそれを取り落としてしまったものである。

見覚えのある、大きな白い花。それが祝福する相手に渡す花束の主役だった。その色彩を際立てるような、色とりどりの小さな花。あの花は、初めてシルヴァと出会ったとき、スグリがかれに渡したそれは、こんな役目を持つ花だったのだ。神聖な儀式で巫女からふたりに渡される、かれらの間を繋ぐもの。

なんという因果なのだろう。スグリは今日、この花をもういちど、このムラの男へ渡すことになる。そしてかれらはそれを、妻となる女へと渡す。そしてスグリ自身はもう二度とその花を手に取ることなく、じぶんのムラへ戻るのだ。それに、スグリは自分でもよくわからないくらいの衝撃を受けていた。つらかった。

…花束を練習相手になってくれていたアザミに手渡すと、一連の練習が終わる。うつくしい衣服をひらめかせて舞っていたアカネが笑いながら寄ってくる。

「大丈夫だよ、緊張するから本番は固まるよ」
「ま、それもそうね」

アカネのものいいにちょっと笑ってしまってから、スグリは気を取り直してもう一度剣を構えた。もうすこしくらい持っていられるようにならなければ、儀式のときに心もとない。
水呑んでくるね、といったアカネが奥に引っ込んだのを見計らって、スグリはそっとアザミに尋ねてみた。

「…あの。ムラに帰ることになったひとは、いつ出発するんですか?」
「……、スグリ、あなたは森のムラに戻るのね」
「………はい」

そう。殆ど吐息のようにそう言って、アザミは明日の朝よ、と教えてくれた。思ったよりも早い。それにすこし動揺をして、スグリは黙って頭を下げる。

「シルヴァには、内緒に。…顔合わせたら、別れづらいから」

と、スグリは逃げを打つ。きのうの夜、きちんとさよならを言って別れるのは、諦めていた。きっとスグリは泣いてしまう。最後にそんなところを、見られたくはなかった。アザミはちょっとだけ微笑むと、いいの?と、スグリの内心など見越したように尋ねる。だからスグリは、はい、と嘘をついた。

「アカネにも、黙っています」
「……わかったわ」

アカネの足音が近づいてきたから、スグリはすぐに話を打ち切った。再び何食わぬ顔で練習を再開したスグリを、アザミはなにかいいたげに見つめている。彼女のいいたいことは痛いほどにわかった。

――戻りたくないんでしょう?

その通りだ。スグリは、ここに居たい。けれどそれにはいろいろなものが邪魔をした。切り捨てられない家族。姉のしあわせ。いつか得るだろう、シルヴァの伴侶。スグリが、女ではないこと。

どれもがスグリに、お前はここにいるべきじゃないと語りかけてくる。スグリはその声に従うしかない。だから黙って練習に集中をした。スグリはきっと、ひどく無表情で儀式をするのだろう。求められ自分の意志でここに残ると決めた、新たな花嫁たちを前にして。祝福してやれるだろうか。無理だろう、と思う。スグリは、きっと彼女たちを見たら、すごくすごくつらい。

身体が弱くなかったら、彼女たちのことを知らずに済んだ。彼女たちと同じことをせずに済んだ。スグリは身体以外、彼女たちとなにも変わらないのだ。

「スグリ、良い感じ!」

アカネが舞いを止め、跳び跳ねながら褒めてくれた。ありがとうと笑い返して、妹のように思う彼女をそっとスグリは見つめる。明日の朝スグリがいないと知って、泣いてくれるだろうか、なんて思いながら。

儀式が終わったら、シルヴァが教えてくれたあの花畑へ行くつもりだった。あそこで夜を明かし、朝、何食わぬ顔でムラへ戻る一行に加わろう、と。それでシルヴァとも、アカネとも顔を合わせずに済む。

シルヴァは、スグリに、スグリの居場所はここだ、と示してくれた。それを裏切るのは、つらい。つらいけれど仕方なかった。きっとアザミが説明をしてくれる、と無責任に思う。かれのことがとても好きで、好きだから、スグリの口からはなにも言いたくはなかった。きっとすぐに露呈してしまうスグリの本心に気付けば、シルヴァは引きとめてくれる。やさしく腕を引いて、ここにいればいい、と示してくれるにちがいない。シルヴァは、やさしいから。

スグリには、あの白い花に祈ることしかできなかった。いつか、かれがほかに伴侶として誰か女性を連れてきたときに、かれがそのひとと幸福になることを。やさしいかれが、しあわせになれることを。









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