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Beyond Good and Evil 3





世界を救うための旅が始まろうとしている。豊かな人間の文明に目を付けた魔族が侵攻してきてしばらく、この国では国家が国を救う素質を持った勇者を選び救世の旅に送り出すというプロジェクトを始めている。八人目に選ばれたのが俺だった。

もともと身よりのない孤児を集めて養ってくれる、公職を退いた神父さまがやっている町はずれの孤児院出身の俺にとってそれは願ってもない機会だった。育ててくれた神父さまに恩返しが出来る。俺が勇者になることで、経営の厳しい孤児院に多額の寄付金が舞い込む。断る気など、最初からなかった。もちろん魔王の前に前任の七人の勇者が命を落としていることなど、知っていたけれど。

危険な旅になることは分かっていたし、特段剣術の才能のない俺と魔王との対決がどんな形になるかってことも俺は知っていたから、もちろん単身で孤児院を旅立つつもりだった。賑わう王都に行けば金で雇われてくれる傭兵が沢山いる。政府からの義援金でそれらを雇えば、すべて終わったあとのあとくされもない。そう思っていた、のに。

「ひとりで行くつもりなら、俺を連れてけ」

孤児院一の問題児は、俺を強く抱きしめてそう言ったのだ。ほんとうはただ素直になれないだけでいい奴なのに、口が悪いし言葉が足りないせいでみんなには誤解されている、ばかなやつ。俺は放っておけなくて、よく構っていたっけ。だって、本当はすごくいい奴なんだ。自分ばかり我慢すればいいと思っているから、いつだって悪者にされてしまうけれど。

「―――な、んで」

かれは俺を鬱陶しがっていたとばかり、俺はずっと思っていた。俺のお節介を邪魔だと思っているとばかり。でも、そうばかりではないんだと俺は思い知らされる。だってじゃなきゃ、こんなふうに言ってくれるわけがない。かれは俺の気持ちを見越したみたいにもういちど俺の背中を抱き寄せて、もう一度、俺を連れていけ、と繰り返した。

出来ない、と言わなければならなかったのに、俺の口を飛び出た言葉はありがとうだった。この旅の終焉で俺は魔王に対して自爆テロをやらかすのに、なのに俺はかれが付いてきてくれることを嬉しいと思っていた。かれが時々俺にだけ見せてくれる笑顔に心惹かれていたことを、今更ながら思い知っていた。

神父さまには引きとめられた。俺の『素質』が黒魔導だと、見抜かれていたらしい。神の御許に仕えるかれが育ててくれた俺が、そんな邪悪な力を秘めていると、分かっていてあんなに良くしてくれたのだ。ますます俺は、この旅に出なくてはいけなくなった。いままでありがとうございました。――かれを、一緒に連れていきたいのですけれど。

きっともう教会の入り口のそばで俺を待っている、かれの名をそうっと呼ぶ。不思議なくらい胸が打ち震えた。かれならきっとお前を守れるだろう、けれど。神父さまが柔和な表情に悲痛な皺を刻む。その先で、きっとあいつはお前を守ったことを後悔するのだろうね。

そのとおりだった。その可能性があることを、俺は知っている。だから笑って、首を振った。

「黙っています。俺がどうやって魔王を倒すのか、魔王の眼前に行くそのときまで」

付いてきてくれるだけで十分だった。それ以上は望まないし、最期の時、俺が命を賭けた魔法を発動させるその時までそばにいてくれるというのなら、それはひどくしあわせなことだと思う。危険なことも山ほどあるだろう旅だけれど、かれがそばにいるのならこころづよかった。かれは孤児院を出たら傭兵になるのだとまことしやかに囁かれるくらいに強かったし。

この旅で、かれを廻る世界が変わればいいと思う。きっと今まではあまりきれいでなかった世界が、こんなにも色に満ちてうつくしい世界だということを、気付いてくれればいいと思う。そうすれば、きっとその先の世界で、俺が守った世界でかれはこうふくに生きていける。俺が責任を持つべきは、それだけだった。

「それで、いいのかい?」

神父様は悲しそうな顔をする。大丈夫です、と胸を張った。仕舞っておけばいい、芽生えかけたかれへの恋心も、浮かれてしまいそうな気持ちも、その先に待つ死という離別の重しを乗せて潰してしまえばいいだけのこと。俺の命で世界が救えるのなら、それはとても素敵なことだと思っていた。

「願わくば、きみとかれに神の祝福のあらんことを」

神父様に礼をして、俺はうつくしいステンドグラスに見守られて育った孤児院を出る。門のところで待っているかれに片手を上げた。答えるようにかるく肩を竦めたかれがさきに歩き出す。まるでさっきのことなんてなかったみたいないつも通りのかれの様子に、俺は少なからずほっとしていた。これ以上かれのことをすきだ、と思ってしまったら、きっと俺は死ぬのが怖くなってしまうから。

「―――願わくば、かれの傍らで新たな魔王が生まれぬように」

見送ってくれた神父様が口の中で呟いた言葉は、もちろん俺達の耳に届くことはなかった。













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