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27



夜が明けたら、最後の日だ。そう思うと寝てしまうのが惜しいような気がしたけれど、シルヴァも疲れているのだろう。いつもより早く床に入るようだった。この広い家でひとりで起きていてもまたいやなことばかり考えてしまうから、スグリももう寝てしまうことにした。

寝室には、あの白い花が活けられている。ムラに戻ったらスグリは、あの花を見るのもいやになるのだろうか。それともあの花に面影を追って、あれだけを探すのだろうか。考えるとすこし鼻のおくがつんとなった。――ムラに戻ったら。そればかり考えているのは、ムラに戻ってからの負担を少しでも軽減するためだと、自分で理解はしていた。スグリは予行練習をしているのだ。諦める予行練習でもあるし、それから生きていく予行練習でもある。けれどとなりにシルヴァがいるから、どうしてもうまくいかなかった。

戻りたくない。それは、スグリの胸に無視できないくらいの質量で陣取る考えだ。それを取り巻くように、でも、とか、だって、とかそういう理由が転がっている。家族がいる。妹たちが、病床の父が。カンナにこれ以上負担を掛けるわけにはいかない。彼女には、彼女にだけはしあわせになってもらわなくては。

「スグリ」

ぼうっと花を見つめていたスグリに、シルヴァが声を掛ける。慌てて振り向けば、ランプを消すよ、という手ぶりをされて、スグリは慌てて寝台に上がっていつもどおり端のほうで丸くなった。二人で寝ても余裕のある大きな寝台に、またスグリはムラに戻ったら、のことを考える。あの家で、妹たちといっしょにくっついて眠ることを思い出すと、すこし気分がよくなった。手とか足とかでしょっちゅう痛みは生まれるけれど、とてもあたたかい。掛布を繰ってそれに埋もれて、スグリは痛いくらいに目を閉じた。泣きはしない、けれど、どこか空虚な気分だった。

「…スグリ」

ふいに、名を呼ばれる。掛布から這い出してかれのほうに寝返りを打つと、シルヴァは寝台に横になってはいなかった。端に腰掛けて、スグリに背を向けている。

なにかあったのか、とスグリは身体を起こしてかれの背中に膝でにじり寄った。広いせなかに、そっと触れてみる。身体を捻ってこちらを向いたシルヴァがスグリの腕をとった。暗いせいで、その表情はよく見えない。

てのひらが、かれの胸へと押しあてられる。確かに脈打つ、心臓の上に。スグリは言葉に詰まった。…あれほどの狩りで、シルヴァだって緊張したし、怖かったにちがいないと思ったからである。そっと距離をつめてかれの傍まで寄って、スグリは膝立ちになってかれをぎゅっと抱きしめた。されるがままのかれの髪をくしゃくしゃ撫でて、ゆっくりと心音に耳を澄ませる。

かれの心臓の音が聞こえた。それにひどくほっとして、スグリはそっとかれを解放する。かれにもスグリの心音は聞こえただろうか。ちゃんと生きている、と実感できただろうか。

最後だ。こうしてそばにかれを感じるのは、きっと今日で終わりで、もう生涯で二度とない。そう考えると自然と吐く息が震えた。シルヴァが寝台に横たわるのを確認して、スグリはとなりに潜りこむ。いつもより少しだけ、かれに近いところに。

「スグリ」

背後で声がしても、スグリは振り向かなかった。胎児のように身体を丸めて、膝に額を押しつけて耐える。

ムラに戻ったら、花冠を見るのもいやになるだろうか。触れられるのも触れるのも恐れてしまいはしないだろうか。それほどまでに、スグリのなかでシルヴァの存在は大きいものになっていた。

かれが、どんな理由でスグリに優しくしてくれるにしても。

あれだけ一時期は悩んだのに、それはもう気にならなくなっていた。スグリはただ、シルヴァが、スグリがここに残ることを望んでいるのを、つらいと思う。結局スグリはシルヴァになにもしてやれない。あれだけたくさんのものを貰ったくせに、何も返せはしなかった。それが、つらい、と思う。

「スグリ?」

掛布を捲る気配がする。ますます小さくなって、スグリは黙っていた。かれの手が何度か背中を撫でる。じわりと涙が滲んだ。情けない、と思う。明日にはここに残る花嫁たちのために儀式をするというのに、祝福しなければいけないのに、そんな気持ちにはなれそうにもない。ほんとうは、ほんとうはスグリだってここに残りたいのだ。シルヴァのそばに。それだけがスグリの胸のなか、嘘偽りのない本心だった。

「…」

シルヴァの長い腕が、背後からスグリを抱きしめた。さっきスグリがしたように、やさしく。スグリは身体のこわばりが自然に解けていくのを感じながら、つよく目を閉じる。あたたかかった。









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