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砂糖菓子の王冠


家に帰ると、小学校のときにお袋がそうだったのとまったく同じ体勢でテレビの前でごろごろしている幼馴染が居たので、俺はちょっと笑ってしまった。もちろんここは都内の洒落たマンションの一室で、俺のひとり暮らしの家である。我が物顔の幼馴染は、ちょうど三十秒で身体を柔らかくする方法なんていうものを実践していると思われ、テレビのなかの講師と同じポーズをとっていた。俺も俺で、思わず仕事でイライラしたのも全部吹っ飛ばすようなその間抜けな図を何も言わずにたっぷり三十秒眺めてしまっている。恥ずかしくないんだろうか、講師もこいつも。

そのまま前屈して「おお!」とかいってる馬鹿可愛い馬鹿(結局馬鹿だった)の背中に忍びよって、及ばずながら前屈のお手伝いをして差し上げると、ぎゃあっとものすごい悲鳴が上がる。

「りゅりゅりゅ、龍太郎!帰ってきたならただいまくらい言え!」
「ただいま。で、どう?やわらかくなったのか?」
「なった!見ろよ足の裏触れる」

そりゃあよかったな。とりあえずこの馬鹿可愛い幼馴染、忍の上から退いてやると、忍は満足げに身体を起こした。すげーよこれ。体力測定の時に知りたかったわ。なんてあほ丸出しのことを言っている。…こいつといると、俺は「人気若手俳優の高木龍一郎」じゃなくてこいつの幼馴染の龍太郎なんだ、と思えるから、不思議だ。今日のバラエティーの撮影で共演した女優に迫られてちょっとムカついていたのも、簡単に吹き飛ぶ。

「今日いつもより早いんじゃね?どうしたの?」
「あー…。予定あったんだけど、途中で抜けてきた」
「そりゃまた珍しい。飯は?」
「まだ。何か作って」

なんの疑問もなくそれに頷いてキッチンに向かってくれる忍に内心で頭を下げながら、俺はその番組にさっきまで俺の腕にしなだれかかって意外と大きい胸を押しつけてきていた女優が出ていることに気付いてチャンネルを変えた。ちらりとキッチンに視線をやれば、忍は冷蔵庫を開けるついでに前屈をやってまたひとりで盛り上がっている。ばかだ。

「見て見て龍太郎!俺ちょう身体やらかい!」
「はいはい」

あまり待たないで出てきたのは、たぶん前もって作ってたんだろう煮物とご飯だった。ラップがかかっているから、忍が晩に食べた残りだろう、たぶん忍の母さんが俺に喰わせるために持たせてくれたんだと思う。忍はよく、そういったものをラップして冷蔵庫にしまっておいてくれた。

「さんきゅ」
「いいよいいよ。母さんの友達に前サインくれたろ?その人が大喜びでめちゃくちゃ一杯野菜持ってきてくれたみたいで。俺んとこにも段ボールひと箱分」
「おばさんにならいつだって何枚でも書くっていっといて」
「このマダムキラーめ」

ひどい言われようだ。久々に食べる忍んちのおばさんの煮物はすごく美味しくて、俺はご飯をおかわりした。確実にもう晩飯を済ませてるだろう忍も俺に付き合ってふつうに飯を食ってる。太るぞ。

「お前が前きれい!って騒いでた新人の女優いるだろ、さっきのテレビにも出てた」
「ああ、サヨ?きれいだよなー!今日共演したんだっけ?どうだった?なんなら間接ハグしたっていいんだぞ!」

すっかり間接ハグとかいうわけのわからないものの味をしめた(俺は番組で女性を抱きしめる役をやらされることが多い)忍が、きらきらした目で腕を伸ばしてくる。べしんとそれを叩き落としてから、俺はその鼻の頭をぺしっと弾いた。

「あれは駄目だ。お前もきれいだとかいうのやめるように」
「え、なにそれ」
「超尻軽。最初俺にくっついてきて、俺が振り払ったら余所に行って、それが駄目でも…、みたいな。今頃はどっかのプロデューサーにお持ち帰りされてんじゃねーの」
「…う、お前、ほんと俺の芸能界への憧れを打ち砕くの好きだよな…」

趣味悪いと自覚しているから俺もたちが悪いと思う。その尻軽が絶対シリコンとか詰まってる胸を押しつけていた腕を使って忍をからかう気にもなれなくて、俺は小さく笑って人参を食べるのにとどめた。ぶつくさ文句いっている忍が、また懲りなくほかのアイドルにあの子の笑顔がいいよなーとか言っているのが大変腹立たしい。

「でもさ、龍太郎?」
「なに」
「お前、サヨにアプローチされたってことだろ?あの清純そうな顔で迫られたわけだろ?」
「そうだけど」

ふたりで皿をきれいに空にして、それを洗ってくれるのをなんとなく眺めていたけれど、俺は着ている服にあの女の香水の匂いが染みついている気がしてさっさと部屋着に着替えた。洗濯機にまとめて服を放り込むと、たいてい忍があとのことをやってくれる。うちのマネージャー(34)がいちおう俺の世話代ってことでいくらか忍に渡しているようだけど、忍にも大学院(こいつは就職しそこねた)はあるし申し訳ないなとは思っている。けれどこんなぐだぐだな時間を失いたくないあまりそれに甘んじているあたり、俺はやっぱりひどい男なのかもしれない。

「…やっぱり、お前って高木龍一郎なんだよなあ……」

なんて感慨ぶかく呟かれ、俺は思わず勢いよく忍を振り返っていた。じゃぶじゃぶ皿を洗っている忍は、俺に視線をくれる気配すら見せてはくれなかったけど。それきり言葉を切った熱心にスカウトされた俺の芸能界入りをこれまた熱心に勧めてきた幼馴染(それは当時好きだったアイドルと俺も仲良くなれるかも!というすごく不純な動機だった)の背中になぜかひどくつらくなって、俺は思わず立ちあがって忍に近寄っていた。

「…りゅーたろ?」

背後から、なんとなく忍を抱きしめてみる。洗剤の泡が、とてもいい匂いだった。あの香水のにおいとは違う。あとはちいさいころからとても近くにあった、忍の匂いがした。ささくれだったこころが、そっと宥められるそれ。

「間接ハグの押し売り。…あいつ、豊胸してるぞ」
「そ、そんなことが分かるくらいまでべったり…!もう俺の幻想を打ち砕くのはやめろ!」

芸能界に入ってから、忍とぎゃあぎゃあやっていると、ふいに胸が痛むことが多くなった。俺は見ないようにしているだけで、とっくにその理由をしっているから。だから、俺は忍を抱く手に力を込める。
…俺がほんとにこうしたいのは、こいつが間接ハグしたがるようなアイドルやら女優じゃなくてこいつだけなんだと思うと、すごくすごくせつなくなった。









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