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砂糖菓子の王冠



「しあわせにする。愛してるよ」

マユミちゃんの細い腰を抱きしめて、最近流行りの若手イケメン俳優が夜の海で囁いている。言葉に出来ない憤りを感じながら、俺はそばに寝っ転がって雑誌を読んでいるこの部屋の主の腰を蹴っ飛ばした。なんなんだこの男。感動的なキスシーンに俺の怒りは頂点に達した。マユミちゃんの「うれしい…」なんて涙声にますます足に力がこもる。

「痛い!痛い!」
「くっそおお、マユミちゃんにキスしやがって!」
「そうなることはわかってただろ!?嫌なら見るな!まして俺を蹴るな!」

雑誌から顔を上げて振り向いたのは、テレビのなかでエンドロールのなかマユミちゃんを抱きしめ続けている若手イケメン人気俳優だ。残念ながらそっくりさんでなく本物である。くそったれ。

「お前を蹴らないで誰を蹴れっていうんだよ!」
「その理屈わけわかんねえ!ドラマだから!所詮ドラマだから!」

この男、俺の幼馴染で、名前を高木龍太郎と言う。芸名は高木龍一郎だ。なんでそんなに微妙に芸名を変えたんだか知らんけど、俺は今まで通り龍太郎と呼んでいる。一緒に歩いてるとこをスカウトされデビューしてたちまち人気になって、あまつさえ俺の大好きなマユミちゃんと共演した挙句唇まで奪った龍太郎の罪は重い。まあどうせ寝取られる役だけど!ざまみろ!

「くそ…世界は不公平だ…、なんでマユミちゃんを好きでもないお前がマユミちゃんとキスすんだよ」
「えー…この子そんなにかわいい?」
「ちょうかわいいわちくしょう!」

とんでもないことを言い出した目の前の龍太郎に、俺は思わずかかと落としをかましていた。いってええ!とガチで痛そうな声を上げた龍太郎にも俺の怒りは収まらない。両足のかかとを容赦なくがすがす落としてやると、耐えかねたらしい龍太郎に寝返りを打って逃げられた。

龍太郎は人気俳優になってからというもの引っ張りだこで休みの日なんかない。だから部屋も荒れ放題だし疲れて帰ってきて掃除する気もないってんで、幼馴染のよしみで俺がこうして週に二、三回くらい掃除やら洗濯やらをしてやっているわけだ。まあマネージャーさんにいくらかお小遣いもらってるけど。で、俺はいま帰ってきた龍太郎に餌を与えてからマユミちゃんの出ているこの連ドラを見ていた。ていうか俺が基本こいつのウチに入り浸っているのは、うちのよりテレビがデカいからだ(俺が買わせたから)。ちなみにこのドラマ、まだ二話目である。二話目でキスシーンとか…!

ちょっともうこのドラマ見るのやめようかなとか思う。またこいつとマユミちゃんがいちゃいちゃしたら次は商売道具の顔をグーで殴りかねない。

…デビューしたてのころはそりゃこいつの出てる番組は欠かさず見た。録画もしたし、毎回こいつに良かったよ、とかメールしてた。でももうこいつは売れっ子すぎて、あと見慣れすぎてそんなに珍しくもないわけである。

「これでお前が寝取られなかったらぶん殴ってたわ」
「はいはい。ヒーローさんに感謝します」
「なんで寝取られんの?お前に魅力がないから?地理のテストでフランスの首都間違えるから?」
「浮気すんの。俺が」
「このー!やっぱり殴る!殴らせろ!」

さいあくだ!くそ!顔が良いからって!ちょいワル系、っていうか俺様系で売ってるこいつに相応しい役っていったら相応しい役だけど相手が俺のマユミちゃんだと思うと話は別だ。しかもこいつが浮気するとか。こいつに浮気されるマユミちゃんがかわいそうでならない。慰めてあげたい。

「しあわせにする、愛してるよ、はどうしたんだよ!酷い男め!」

逃げた龍太郎に口で追撃を加える為に、俺は精一杯のイケメンボイスを出した。残念ながら最後ちょっと噛んだ。龍太郎に笑われる。

雑誌を閉じて放り投げた龍太郎が、飲み物を取りに立ち上がりがてら俺の方へ寄ってきた。のは知っていたんだけど、CMにマユミちゃんが出ていたので、とりあえず俺はそれに見入る。水着姿だった。かわいい。

「しあわせにする。愛してるよ」

するとそのマユミちゃんにさっき囁かれたのと同じ言葉が、同じ声でしかも抱き締めるオプションつきで耳に注ぎ込まれた。総鳥肌になって身体を強張らせると、笑う気配がして後ろから俺を抱きしめていた龍太郎の身体が離れていく。

「きもい!」
「へーぇ。お前の大好きなマユミちゃんはすっごくドキドキしちゃいました!なんていってくれたのに」
「まじで一回殴らせろバカ太郎!」

続いて入ったのはお笑い番組だった。テレビのなかの笑い声と龍太郎のそれが重なる。解せない気持ちを抱えたまま龍太郎が持ってきたチューハイを(俺の分もあった)煽っていた俺は、ふいに天才的発見をした。

「なあ龍太郎」
「なに?」
「俺今マユミちゃんと間接ハグしたんじゃね!?」
「…ばかか」

心底気の毒そうに言われたので、俺は天才的発見を自分で賞賛するしかなかった。だが俺はポジティブシンキングなので、その喜びを存分に噛み締める。生ぬるい目で見てくる龍太郎に、お前と違って俺にはマユミちゃんを抱き締めるチャンスなんて一生ないんだぞ!と言えば、ますますじめっとした視線を向けられた。これだからイケメンは。爆発しろ。

「…まてよ、つまり……」

こいつはマユミちゃんとキスしたわけで、とまで考えたところで、俺は自分の発見の諸刃の剣さに泣きそうになった。思わず頭を抱えると、龍太郎が膝でにじり寄ってくる。

「…なんだよ」
「マユミちゃんと間接キスするにはお前とキスしなきゃならないっていう天国と地獄の間で揺れてる」

しんそこ苦渋の決断でキスしないことに決めたのに、むっすりした龍太郎に思いっきりほっぺを引っ張られた。









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