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氷蒼カンパネラ



色気ってものは滲み出るものであり自分の意思で出したりしまったり出来るもんではないと、十七年間柊は信じてきた。現在進行形でそれを目の前で覆されて、正直どうしたらいいかわからない。

きっかけは些細なことだった。いつもみたいに放課後に学園のなかを悠里といっしょに戯れながら歩いていて、ふいにじめりとした視線に気付いたのだ。それは柊に向けられたものではなかった。ということは悠里に向いているわけで、状況から判断して柊のことが好きなだれかによる嫉妬の目線だとすぐにわかる。悠里になにか危害を与えるようなものであったなら庇って守ってやる気は満々だったし、だからこそ悠里が気付いていないのなら柊のほうからわざわざ言う気もなかった。

だけれど。

「柊!そいつは柊を騙してるんだ!そんなやつに騙されちゃだめだ!」

なんていいながらだいぶ怪しい感じの男が、背後から声をかけてきたので、柊の気づかいも無駄になった。かなりの大声だったからまわりも何事かとこっちを向いてざわめき、氷の生徒会長と噂の転校生という話題に事欠かない組み合わせだってことに気付いてひとだかりが出来始める。どこでフラグを立てたのか思い出せないような…もしかしたら勝手に柊に惚れたのかもしれないその男は、ビシッと仏頂面をした悠里を指差した。迷惑そうに眉を寄せた悠里は悩ましいくらいに絵になったけれど、この状況はあまりよろしくない。柊が悠里をかばえば状況はますます悪くなるだろうし、まして悠里が喧嘩を挑まれて勝てなかったらギャラリーがどう思うかも想像に易しい。というわけで困りきって、柊は先手を切ろうとすら思った。すなわち柊に対する恋心をひたすら口上しているこの男をとりあえずやっつけてしまおうというのだけれど、そうしようと足を踏み出しかけたところで悠里に止められる。

「それで?お前はなにがしたいんだ」

悠里のことをよく知っている柊ですら身を竦ませてしまうくらいには、冷たい声音。なのにどこかに揶揄うようなくすぐったいいろを含んだその声は、たやすく空間を凍結させた。耳元で聞かされた柊はたまったものではない。ぞくぞくと背筋を這い上がる奇妙な感覚に思わずからだを縮めてから、ぽかんと悠里を見上げた。あれほど騒がしかったギャラリーすら、ざわめきの一切を失って悠里を注視している。

「まさか俺よりお前のほうが、柊に相応しいとでも?」

そういって薄く笑いながら、悠里のしなやかな腕が柊の肩を捕まえて引き寄せた。ごつん、とその見た目よりずっと薄っぺらい胸に頭をぶつけて慌てた柊の額にキスをしたように、悠里がぎりぎりまで顔を近づけてリップ音を立てる。はたからみればどうみても、抱えた柊の額にくちづけたようにみえたはずだった。一瞬起こったざわめきに気を良くしたように、喉の奥で悠里が笑う。

「そんなことしなくても、俺たちはただの仲のいいオトモダチだもんなァ、柊?」

そして聞こえよがしに悠里が言ったのは、そんな台詞。背筋が震えるくらい甘く低く囁きを吹き込まれて、柊は思わず身体をびくりと跳ねさせた。完全に俺様生徒会長モードに入った悠里はノリノリで、ぽかんとしているさっきの男のほうをみて薄ら笑いを浮かべる。その笑みがまた、どうしようもないほどに官能的だった。すこし厚めのくちびるを皮肉げに歪め、緩慢に目を細める。ここに悠里の親衛隊の誰かがいたら卒倒していたんじゃないかというくらいには珍しい、「氷の生徒会長の微笑み」だった。

「俺はなんにもお前を騙しちゃいないよな…?」

腰のあたりからぞわぞわと駆け上がる奇妙な感覚に固まってしまっている柊のことなどお構いなしに、悠里はなおも楽しそうに演技を続けた。ノリノリだ。一年間「氷の生徒会長」をやりとおしていただけあって、ひどく板についていた。

「ほら、教えてやれよ柊…、俺はお前を騙してないだろう?」

そう甘く囁いて、悠里が柊の顎に指を掛ける。腰に腕を回し、にやりと口端を歪めることも忘れなかった。そして形の良い爪をした親指で、ついと柊のくちびるに触れる。心臓が破裂しそうになって、柊は力なく指先を悠里の胸に引っ掛けた。

「悠里、もういい、もういいから…」
「え、まじで?」

すると案の定、帰ってきた答えはあっけからんとしている。柊の腰から腕を解いた悠里は、最後に先ほどの威勢を失って尻餅をついている男を振り向いて微笑するというオプションまでつけてなんとか満足したようだ。じゃあいくか、といつもどおりの声でもって柊に囁いて歩き出す。まだ水を打ったような沈黙に包まれたギャラリーから悲鳴とも感歎ともつかぬ声が溢れたのを合図に、柊にもようやく口を開く余裕が出来た。

「お、おまえ、今の、なに」
「いや、たまには氷の生徒会長っぽいことしとかないとアレだろ?」

先ほどまでのあのこちらがやられてしまいそうな色気は、すでにへにゃりと笑った悠里のどこからも感じることが出来ない。なんだかものすごい敗北感に襲われながら、柊は思い切り項垂れた。

「俺の勝ちだな」

まだ崩れ落ちたままの先ほどの男を振り返って悠里が満足そうに言っているのを聞いて脱力したのは言うまでもない。










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