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なにもいらない
美形×不細工




この咽喉に刃をあてがい、一息に貫けたなら。

すこしは楽になるのかと、近頃はそればかり考えている。この派手な怪我を負ってから二ヶ月ばかり経ったが、その考えは俺のなかでむくむくと膨れ上がるばかりだった。もともとお世辞にもきれいとはいえなかった顔の中心に長い刀傷が入って、すんでのところで目は潰さずに済んだがこれじゃカタギのまえに出れねえなってくらいには人相が悪くなった。この傷があのひとのきれえなお顔に刻まれるくらいだったら俺は何度でもあのときみたいに庇って飛び出すだろうけど、それに後悔なんざ一縷もないけれど、これはべつだ。

「…なんだ、その顔」

そう、こうして俺のすぐそばで、醜くゆがんだこの顔を覗き込む、みてらんねえくらいにお綺麗なこの人の存在は。俺を照らすお天道様は、あれ以来俺のそばを離れようとなさらない。もともと俺はこの方の影となり随すいわばボディーガードみたいなもんで、それも天涯孤独のガキをそうまで取り立ててくれたこのひとは俺にとって神様みてえな存在なのに、そんなおひとが俺につきっきりでいるわけだ。怪我をしてぶっ倒れて一時は生死の境まで彷徨って、それでも意地汚く生き延びた俺のそばから、このひとは離れようとしない。それで俺は、死んでしまいたいくらいには申し訳なくて泣きそうなのだった。こんなふうな怪我を負うような世界にいるわけで、このひとはもちろんこんなところで油を売ってられるようなおひとじゃねえ。世界中を飛び回りお天道様の下ではいえねえようなブツを闇から闇に動かさなきゃならねえこのおかたが、なんでこんなところに留まっていらっしゃるのか。はやく仕事に行っていただきてえのに、ここしばらくこうして甲斐甲斐しく俺の世話をやいてばかりいる。

「ほかのボディーガードの手配は済んでます。ロスの取引相手が待ってるんでしょう」
「じゃあはやくその邪魔な包帯を取るんだな」
「…俺のこの顔じゃ、空港で通してもらえねえでしょうね」

放たれた刺客とこのおひとの間に身を投げ出して、顔面が焼けた様に痛んで、それからのことをあまり覚えて居ない。ただ俺の顔はもう、どうみても堅気じゃねえだろってくらいにはやばいもんになっている。俺のほうはもともとここを足抜けする気なんてなかったからべつにいいんだが、それで責任を感じたらしいこのひとが仕事をしないのは困る。

俺は怪我が癒えたいまも、包帯をとっていなかった。このきれいなひとのきれいな瞳に、こんな顔を晒したくはない。このひとのまえに存在することすら、恥ずかしくて死んでしまいたいくらいだった。

「いくらこの顔であなたのお顔が引き立っても、さすがに先方も不愉快ですって」
「じゃあ、なんで庇ったんだ」
「いや、そりゃあ…、もともと不細工でしたからね、いっそ極めちまったほうがこの世界じゃ生きやすいってことで」

それ、本気でいってんのか。

唸るようにこのひとがいう。俺を覗き込んでいる枕元のこのひとの気配が変わるのが、肌でわかる。怖い、けれど引き下がるわけにはいかなかった。ここらでこのひとをこの薬臭い病室から追い出さなければ、組織全体が困るのだ。

「…、お戯れはよしてください」

力付くで腕をベッドに押し付けられ、顔を覆う包帯が解かれた。醜く盛り上がった傷口が外気に晒されてぴりぴりと引き攣る。なにが怖かったかと言えば、おれを見てこのひとの顔が嫌悪に歪むのを見るのが怖かったのだ。しかし捉えたこのひとのうつくしい顔は、息を呑むほど真摯で真剣だった。

「…見ないで、」

ください。最後はほとんど震えていた。うつくしい瞳に映すには、もともと恵まれちゃいなかった俺の容貌にとどめをさしたこの傷はあまりにも醜い。ずっとそばで見ていた顔がさらに醜悪になったのをみてこのひとはどう思うのだろう。そう思うとせつなくくるしくなった。身分違いも甚だしい想いだとわかってはいたが、だからこそせめてこんな姿は見られたくない。ああやはり俺はひと思いにこの咽喉を貫くべきだったのだ。このひとをさっさと仕事に送り出す為に。ばかみたいな恋をせめて酸欠で殺してやらない為にも。

口とは裏腹に優しいこのお方は、きっと俺がこうなったのをご自身のせいだと思われているのだ。だから罪滅ぼしをなさろうとしている。俺はそんなのに値しない人間だと、どうしてもわかってくださらない。

「…たしかに、前よりちっと強面だがな」


そのきれいな目だけはすこしも笑わぬままに、このおひとはそんなことをいう。目を反らせず届きようのない想いを、この期に及んで消え去ろうとしない恋を胸に秘めたまま、死ねなかった哀れな俺は、ただ惚けてかれを見上げた。きれいなおひとだ。見惚れちまう。いつだって格好良くて、強く、そして優しい。俺の世界みてえなひとだった。かれの頬に掻き傷ひとつ刻まれるなら、俺は手足をもがれても構わないからそれを阻止しようとするだろう。それこそが俺の喜びだった。

「痘痕も笑窪っていうだろう」

俺の額に貼り付く前髪を、長くきれいな指が梳く。それだけで息ができなくなるくらいに胸が高鳴って、俺は死んでしまいそうになった。

「気休めは、よしてくださいよ」

無理やりに、笑う。するとそのこの世のものとは思えないようなうつくしい顔で意外そうにしたこのひとは、すこし考える素振りを見せてから、小さく笑った。

「ちげえねえ」

俺の手首を捉えたままの冷んやりとした手指が、きゅっとてのひらを握り締める。反対側の指先が、俺の輪郭線をするりとたどる。触れられているだけで死んでしまいそうなのに、このひとはきれいに笑いかけてくださった。

「こんな不細工が世界で一番かわいく見えるのは、俺だけだ」

そして、組み上げた俺の掌を持ち上げて、かれはそんなことをいう。目をまんまるく見開いて照れ笑いをしたきれいなひとを見上げると、かれは俺の手の甲にその唇を滑らせた。息が出来なくて、からかわないでくださいといえないうちにこのひとは、ぎしりと音を立ててベッドに乗り上げる。そしてそのまま、ひりひり痛む傷をなだめるように、そっと触れるだけのキスをくれた。鼻筋をなぞる唇が、真近に見えるきれいな顔が、俺の頭を何も考えられないくらいのパニックにさせる。

「…まだわからねえのか?」

密やかな笑い声がした。目ん玉がこぼれ落ちてしまいそうなくらい目を見開いた俺の目蓋をきれいな指先がそうっと閉じる。なにもみえなくなった。わからないです、といえないうちに、かさかさに乾いたくちびるにやわらかい熱が押し当てられる。それがどうやらあのひとのくちびるであるらしいことに気づいた俺は、やはり早いとこ死んでおくべきだったのだと思いながらも茫然としていることしかできなかった。








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