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翌日はひどく忙しい一日だった。貸し切りの集会所で、アカネにつきっきりで神事を教わっている。…アザミの言葉は、半分は嘘だったとすぐにわかった。スグリはアカネに宝剣を渡し、彼女の舞いを後ろから見守る。そしてその後、彼女が婚礼の儀式を行う組ひとつずつに近寄って祝詞を唱える間、かわりに剣を持って立っているのだ。そしてアカネが祝詞を唱え終わった相手に、スグリが花束を渡す。その花束を、花婿は花嫁に渡す。つまり、主役のアカネと、助演のスグリの二人舞台なのだった。

目立つことなど滅多にないスグリにとって、正直かなり心配な役回りだった。立っているだけとはいえかなりの重役である。幼い少女がもっとたいへんな役をこなしている前で弱音は吐けなかったけれど、ちょっと挫けそうだった。

シルヴァはスグリが家を出るよりさきに、なにかを言い置いてからどこかに出かけていってしまった。迎えにきてくれたアカネといっしょにスグリが集会場に行くまでのあいだに、ほかにもたくさんの男たちを見かけたから何事かと思って聞けば何か狩りに行くみたいだよ、とアカネが教えてくれたから、おおがかりな狩りでもあるのだろう。シルヴァが見たこともないような大きな弓の弦を確かめていたのはそのせいかと納得をした。

舞いつかれたらしいアカネが休憩を申し出た。剣を翳してそのままの姿勢を保つ練習をしていただけでちょっと息が上がったスグリは一も二もなくそれに同意して、ふたりして集会場のまんなかに座り込んでいる。

「何を狩りにいってるんだろうね」
「この時期、いつも大きな熊が出るの。それじゃないかな」
「熊…、シルヴァたちは、熊まで狩るのか」

スグリは熊を、一度しか見たことがない。何年かぶりに狩ってこられた熊を、姉とともに見物にいったのだ。クサギの父がしとめたのだと聞いていた。さすがは酋長、とクサギにいうと、俺だってもうすぐ狩れるようになると拗ねられたっけ。スグリによくしてくれた義兄を思い出しちょっと懐かしくなりながら、スグリは窓からなんともなしに山のほうを眺めた。

シルヴァなら、きっとだいじょうぶだろう。いつも怪我ひとつなく帰ってくるからかってにそんなことを考えていた。アカネが心配そうに窓から身を乗り出しているので、大丈夫じゃない?なんて言ってみる。

「…だって、アカネのお父さんも、熊にやられて死んじゃった」

言葉に詰まったスグリに、アカネは慌てて振り返った。だいじょうぶだよ、という彼女がいじらしくて、ごめん、ということしかできない。それと同時にきゅうに心配になって、一緒に窓のほうへ寄ってそとを眺めてみた。

「……この近くにいるのはね、冬眠近くになると退治しないと、ムラに入ってきちゃうから」
「そうなんだ…」

ふいにあどけないとばかり思っていたアカネの表情が、ひどく大人びて見える。この年頃の女の子というのはとても複雑だと、スグリはよく知っていた。

「あれ、どうしたの?」

最近はちらほらとムラのなかに女たちが歩いている姿を見ることが出来る。ちょうど目の前を見知った同じムラの女が通ったから、スグリは思わず声をかけていた。集会所のなかにひとが居るとは思っていなかったらしい彼女は青い目をまんまるく見開いたあと、スグリのほうへと寄ってくる。

「なんだか騒がしくって。狩りがあったんでしょ?不安になって、見に来たの」
「騒がしい?」
「門の方よ。人だかりが出来てる」

それからアカネと顔を見合わせて、スグリは彼女が窓枠を乗り越えようとするのを慌てて止めた。結局彼女は止めるまもなく外へと出てしまったから、仕方なく苦労してスグリもその窓枠を乗り越える。不安げな顔をしたアカネに手を引かれて、女に礼を言って駆け出した。

待って、と静止の言葉を掛けられるほど息を整えられないまま、スグリはまっすぐ門のところまで走らされた。アカネは息をすこし弾ませているだけなのに、スグリは膝に手をつかないと立っていられないくらいに疲労している。山育ちの彼女には敵いっこない、と思いながら、子供や年配の男女が集まっているほうを見た。

たしかに、ひとめで何かあったのだと知れる人だかりが出来ている。先ほどの熊の話を思い出してスグリは肝が冷えた。――シルヴァは無事だろうか。顔を上げて、あのうつくしい朱の髪を探す。アカネも同じだった。アザミを探して右往左往している。少ししてさきにアザミを見つけたアカネが、少しためらった素振りを見せてからスグリの手を引いた。

「スグリ、話聞きにいこう」
「…あ、そうだね」

シルヴァを見つけられなくてうろたえていたスグリが、なんとかそう応じて彼女に手を引かれるに任せる。アザミはといえば、人だかりの真ん中でスグリにはわからない言語を繰って指示を飛ばしていた。毅然とした姿である。

「…!」

そして、その傍にあるものをみつけてスグリは悲鳴を呑み込む。木と布で作られた担架に乗せられていたのは、明らかに深手を負った男だった。見覚えがあるから、きっとこのムラの男だろう。それを運んで走っていく男たちに、年配の女性たちが続く。手当をするのだろうか。

「どうしたの!?」
「ああ、アカネ、いいところに!集会場で手当てをするから、あなたは家から薬を持ってきて!」

彼女の手が空いたことを確認したアカネが、そのそばに駆け寄っていく。そのほかにもいくつか指示を受けてから、アカネは弾丸のように駆け出した。先ほどスグリと一緒に走ったのとは比べ物にならない速さだ。それを見送ってから、スグリはまた運ばれてきた男に気付いて慌てて場所を空けた。先ほどの男よりは軽傷だったが、生々しい傷跡に息を呑む。獣の爪痕だと、すぐにわかった。






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