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翌日、朝から学園は騒然としていた。ずらりと敷地内に配備された風紀委員の指揮をとっていたのが、風紀委員長そのひとと噂の転校生−−−、最早この学園に馴染み切っているかれ、であったからである。

昨日から学園がバタついていることは周知の事実だった。新聞部が事の顛末を(多少の脚色を加え)増刊号として売り出しているから詳しく経緯を知っているものも少なくない。その詳しく、というのが、柊がむかしすげなくフッた不良たちが悠里からかれを奪い取ろうとしている――、とか、そういう誤った情報なのは御愛嬌である。朝から名物になってきている柊のアイアンクローを見れたので、悠里は相変わらずだなあとほのぼのした気持ちになった。ちなみに犠牲者はもちろん椋である。

ほかの生徒会の面々といっしょに寮で療養している副会長と書記を見舞ったあと、悠里はそんな学園の喧騒などには興味がありませんというふうにいつもどおりに生活をしている。こちらは生徒たちの不安をあおらないように、という指示のもとでのことだった。この状況――すなわち柊と雅臣が協力をしているという状況に、悠里までが加わるわけにはいかないためである。そんなことをすればそれだけ危険なのかとへんに生徒たちを怯えさせてしまうはずだからだ。

あの二人が揃って戦っているところを見てみたかったな、なんてちょっと思いながら、悠里は欠けた生徒会メンバーのかわりに恒例の見回りを行っているわけであった。まあ雅臣は怪我をしているから、メインで戦うのは柊だろうけれど。戦っているときの柊はぞくっとするよなあ、とか呑気に思いながら、外づらは涼しい氷の生徒会長をして窓のそとを窺うと、風紀委員たちが歩いているのが見えた。外は暑いだろうにごくろうさまである。

「…」

…思えば、呑気すぎたのかもしれない。悠里は心配ごとも払拭したせいで少なからず浮かれていた。自覚は、ある。だから気付くのも遅くなってしまった。静かすぎる、と柊と雅臣が話していることなど、悠里にわかるわけもない。

「…よォ、氷の生徒会長サマ」

背後から掛けられる声。さっと背筋に緊張が走る。前にも聞いた、低く艶のある声に心当たりがひとつだけあった。それは本来この校舎のなかにあるわけもないものであったから、悠里はますますパニックになる。

冷静な部分の頭が、そりゃこいつ中庭に侵入してきたんだから入ってこれるだろ、と当たり前といったら当たり前なことを考えている。冷静ではない部分で、悠里はどうすればいいんだろうと考えている。答えなど、端からなかったけれど。

「…土足か?行儀が悪いな、虎次郎」

カッコ悪いことに、語尾はすこし震えていた。悲鳴が上がり廊下の向こうで生徒が逃げていく。かれらが風紀委員のところまで辿りつくまでに二分、風紀委員が雅臣に報告をするまで二分、そしてかれらがここに辿りつくまでに、二足す二で四分。虎次郎からしたら悠里を十人くらいやっつけてしまえるくらいの時間がある。冷静に考えてちょっと笑ってしまった。これはまずいぞ、と頭が警鐘を鳴らしている。

何をすればいい?何もしなくていい。かってにかれが悠里をぼこぼこにしてくれる。やっぱり緊張感のない考えに、悠里は自分で自分を笑う。向こうからすれば余裕の笑みに見えてしまうだろうが、まあいいかな、なんて思っていた。しょうがないのだ。悠里の仮面は、すべてマニュアルのうえのものでしかない。いっそほんとうに仮面があったなら、被ったら完璧に氷の生徒会長になれたなら、よかったのに。思いながら甘んじて、悠里は虎次郎が近づいてくるのを待った。

「随分と余裕なんだな」
「そっちこそ。ここは一応、俺達のテリトリーだぜ?」

虎次郎は快く笑うと、そのきらきら陽光を受けてひかる銀の髪をかるく掻き上げた。ピアスがいくつかついた耳朶がちらりと見える。痛くないのかな、と考えながら、悠里はそのうしろから歩いて来る人影に気付いてさらに笑ってしまった。十人くらいの、この学校の生徒ではなさそうなガラのよくないのが控えている。たぶん寄ってたかってボコる、みたいなカッコ悪いことはしないだろうけれど、これでは助けてもらうのにまたプラス五分はかかりそうだった。ギブギブ!と叫ぶべきだろうか、と考えながら悠里は虎次郎の、カラコンが入っているんだろう不思議ないろをした虹彩をじっと見つめる。

「お前の存在が鍵だった、東雲悠里」

虎次郎は、そう口を開く。悠里は動揺しないようにするのに、ひどく気をつかうことになってしまった。にやりと口端を歪めるだけにとどめられたのは、普段の訓練のたまものに違いない。

「あの金髪のチビに、昨日しづかをボコった風紀委員長。馬鹿強いらしい弓道部のヤツに、柊。全部お前の関係者だ」

数え上げられた面々には痛いくらいに心当たりがある。…リオンのことを思ってすこし胸を痛めてから、それはちゃんと謝るのがあとになっちゃうな、というようなそれであったのだけど、悠里はゆっくりと口を開く。ひりついたような咥内は緊張のあまりカラカラに乾いていた。

「遊んでくれよ。…どれほどのもんなのか、興味がある」
「…いやだね。俺は無駄に喧嘩をしない主義なんだ」

けろりと嘘を吐くと、すこし気分が楽になる。ここは過去につらいものを抱えているあまり他人を傷つけられなくなった、的な設定をつけておいたほうがよかったか…なんていうことを考えながら悠里は肩を竦めてみせた。ふうん、と笑った虎次郎の足が床を蹴るのだけが、視える。

「これでも?」

刹那ののち、悠里の顔面数センチのところまでかれの拳が迫っていた。なぜ悠里が微動だにしなかったかといえば、反応することすらできなかったから、というのが正しいのだけど。すこしも動かない悠里を見て、虎次郎はますます愉快そうに咽喉を鳴らして笑っていた。





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