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集会場にシルヴァと連れだって向かったころには、すでに他の人はほとんど揃っていた。シルヴァがあの箪笥で探していたのは例のごとくふたりぶんの外套で、きっと身体の弱いスグリを夜風に晒さないようにというこころづかいだろうから、スグリはとても擽ったい気分になる。丸く肥えた月の下の風は冷たいからなおさらだった。結局ローブを見て罪悪感を覚えたことはなあなあで誤魔化して、なんとなくシルヴァの心配そうな視線を感じながらスグリは女たちの輪に混ざる。

輪の中心はアザミだった。そばにいたアカネが寄ってきて、スグリの膝のうえに座る。彼女を抱いてやりながら、スグリはアザミが話し出すのを待った。他の女たちも神妙な顔をしている。なにやら大事な話なんだろう、と思いながら、そっと少し離れてもうひとつ輪を作っているほうを見る。…そちらで話をしているのは、シルヴァだった。視線に気付いたかスグリを見たシルヴァが、ふいに目を細める。ぎゅっと胸が苦しくなって、スグリは巧く笑えているだろうか、と思いながら笑い返して視線を逸らした。

「次の満月の晩に、ある儀式を執り行います」

アザミが声を上げると、女たちがざわめいた。アカネが真面目な顔をしてその話を聞いているから、なんとかスグリは持ちこたえる。…儀式。次の満月。もう月は肥えている。女たちの間にふたたび静寂が満ちるのを待って、アザミが続けた。

「それを過ぎれば、あなたたちはもうこのムラの一員です。…婚礼の儀、と取ってくれてかまわないわ」

ざわめきが再び沸き起こる。スグリは今度こそ冷静になった。スグリには、関係のない話である。だからアカネに、しってた?と小声で尋ねてみた。アカネは小さく頷いて、八重歯を見せてわらう。妹のことを思い出して、またすこし切なくなった。

「あたし、巫女やるのよ」
「そうなんだ!すごいね」

アザミが再び話し始めたのに耳を傾けながら、スグリはアカネがうれしそうにはにかんでいるのを眺めていた。…舞うのだろうか。きっと、とてもきれいだろう。たしかにそういった神事に向いていそうな子供は、このムラにアカネしかいなかった。

「…それで。もし、どうしてもいやだ、というのだったら。儀式に参加したくなければ、その後ムラまで送り返すことになるわ」

そんなふうにぼんやり彼女の巫女姿に意識をやっていたスグリは、その言葉を聞いて思わず短く声を上げていた。しん、と静まり返った女たちのなかに、間抜けなスグリの声だけが響く。神妙な顔をして俯く者、考え込んでいるもの、それから意志の強い眼差しを、そっと男たちの輪にやっているもの。それぞれ女たちが違う反応を示しているなか、スグリだけすこしうろたえていた。

唐突に、ムラに戻る可能性が限りなく大きくなったせいである。スグリは儀式には参加するまい。ならばその後、女たちと共に戻ればいいのではないか。それが一番現実的だ。

「…よく考えておいてね。儀式は満月の晩、参加するかしないかは、その場で問われることになるから」

アザミの合図で女たちはそれぞれ言葉もなく散っていった。さきに解散したらしい男たちの輪に相手を探す者、先にずんずんと行ってしまうものに、ただ立ちつくしているのもいる。そんななか、スグリは膝の上のアカネが退かないから、そのまま座っていた。

「…スグリ、すこしいいかしら?」

それはどうやらアザミの差し金だったようで、すぐに彼女がスグリとの距離を詰める。だから人気のなくなった集会場で――、シルヴァもどこかにいってしまっていて、ほんとうに三人しかいない集会場の端で、スグリは神妙にアザミに頷いた。

何を言われるのだろう。与えられた儀式の情報に困惑したままのスグリは、すこし緊張してアザミの言葉を待つ。スグリの膝から退いたアカネが、アザミのとなりにちょこんと姿勢を正して座った。

「儀式のときに、この子がシャーマンの役をやるの。…まねごとだけれどね。…それで、お願いなのだけど。スグリ、この子を手伝ってやってくれないかしら?」

アザミがあの柔和な声で言う。アカネにお願い、と念を押されて反射的に頷いてしまってから、スグリはあの、と弱弱しく声を挟んだ。

「お、俺でいいんですか?…何をすれば」
「あたし、スグリじゃなきゃいや」
「こら、アカネ。……難しいことじゃないわ。ただアカネに儀式に使う道具をささげ渡すだけ。その後はアカネの傍で立っているだけよ」

ふっと強張った力が解けた。それなら、スグリでも出来そうだ。どうせ複雑な思いで見守ることしか出来ない儀式だったから、なにか役割が与えられるのなら願ってもないことである。ありがとう、アカネ、と彼女に声を掛けてから、スグリは今度こそはっきり力強く頷いた。

「…そう言ってくれると信じてたわ。ねえ、スグリ。あなたはどうするつもり?ムラに戻る?それとも…」
「……スグリ、いなくなっちゃうの?」

表情を綻ばせたアザミが、ふいに尋ねた。さっきとは打って変わってしおらしい声で、アカネがじっとスグリの表情を窺っているのがわかる。スグリはへんに動揺をした。戻らねばならない、というのは、さっき思ったばかりのことだ。本心では、ここにいたい。けれどそれでは、ムラの家族が気にかかる。そんな複雑な心境のまま答えを出していいものか、スグリはすこし迷った。

「…家族が、いるんです。だから」
「……そう」

なにか言いかけたアカネを手で制したアザミが、そっとスグリに声を掛けてくれた。いまはとおい母親を思わせるような、やわらかい声で。

「後悔だけはしないようにね。…このムラにも、あなたがいなくなったら悲しむ人がいるんだから」

それは、ひどく実感のこもった言葉だった。スグリは彼女がここにいることに、スグリと同じような葛藤があったのだとすぐにわかる。それでも彼女は、残ることを選択したのだ。夫らしい姿も見えないアザミが、異族の少女を娘のように育てている理由を、スグリはしらない。しらないけれど、彼女は少なくとも、しあわせそうに見える。

「…じゃあ、儀式の日、宜しくね。詳しいことはまた後で教えるわ」
「はい。…じゃあ、また」

立ち上がりかけたスグリに、アカネがそっと声を掛けてくれた。笑って流したけれど、スグリの胸に幼い少女の言葉はまっすぐに突き刺さっている。

「じゃあ、あたしがこのムラのスグリの家族になる…」




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