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「雅臣、いるか」

といって悠里が風紀委員が根城にしている屋上の一部屋に入ってきたのは、うららかな昼下がりのことだった。放課後すぐということもあって、まだほかの委員は来ていない。だから雅臣はソファに寝そべって再放送の洋画なんかを見ていたのだけれど、そんなことを言いながら悠里がやってきたので慌てて起き上がった。引っ掛けてぶちまけかけたコーラを辛うじて押さえて、悠里のほうに視線をやる。かれはといえばそんな雅臣の慌てようなどに気をやってやれないくらいに焦燥しているようだった。

「…どした?」
「…助けろ」

ドアのところで立ちつくしている悠里の顔は氷の生徒会長の仮面を取り落とした不安そうなそれで、雅臣は歩み寄っていってやって取り合えず部屋の鍵をしめる。悠里はさっきまで雅臣が横になっていたソファに座ると、俯いて唇を噛んだ。その前に戻ってカーペットに膝をつきかれの表情を窺うと、そろそろとその瞳が雅臣のほうを向く。不安げにゆれる瞳の輝きに、雅臣はふいに息をつめた。

「悠里?」
「……たぶん、カバンだれかにとられた」

なんどかぱちぱちと瞬きをして、雅臣は悠里の言わんとしていることを悟る。殆ど人気投票のようにして選ばれる生徒会のメンバーは時として妄執的にひとの好意を受けることがままあった。雅臣のところには舎弟にしてくださいだとかそういうのがたまに来るくらいだけれど、他の役員のところには私物を盗られるなんて被害もあることを雅臣は役職上よくしっている。ストーカーの被害にあっているのを取り締まるのもまた風紀の仕事なのだった。

「探させる。どこで?」
「…最後の授業体育だったろ?帰ってきたら無くなってて。携帯が入ってるから、見られたら不味い」

それか、と雅臣は思わず顔半分を片手で覆った。たしかに悠里の携帯を誰かに見られては、不味いに違いない。メール履歴なんかみられた日には悠里の『氷の生徒会長』像は崩れることうけあいだ。たぶん殆ど妹だろうけど。

「わかった、待ってろ。…、カバンごと無くなったんだよな?」
「…ん」

守衛室に問い合わせて教室の監視カメラのデータのパスワードを受け取り、それを使ってその時の映像を確かめる。それから先は風紀委員を使えば犯人のところまで辿りつくのは容易い。盗難の被害はこの学校でままあったが、大抵はすぐに縁故もしくはまったく面識のない厄介なストーカーの姿が露わになった。

「…どうしよう」
「メールにパスワードは?」
「かけてない。…麻里に送ったメール見られたら死ぬ」
「…え、どんなメールしてんの」

言葉を切った悠里が微かな沈黙のあとに吐きだしたのは、確かにそれは見られたら死ねるわ…というようなものばかりだったのでちょっと雅臣は苦笑いする。新聞部より下世話な話題が大盛りだった。曰く、新聞は届いているからそれ以外の話を送らねばならなくて苦労するらしい。

「ネタならいくらでも提供してやるのに」
「断る」

厭な予感がしたらしい悠里がにべもなく雅臣の提案を断って、それからほうっとため息をついた。風紀委員には散開を命じたし(しかもそれが委員長が好きな悠里からの依頼とあって士気が無駄に高い)あとは監視カメラの映像を待つだけしかふたりには出来ることがない。
「…ていうか雅臣、監視カメラってなんなんだよ」
「俺も知らん。普段は誰も見れないんだけど、こういうことがあった時だけアクセスできるようになるんだよな。…新聞部に嗅ぎつけられたらヤバいことになるから、これは代々の風紀委員長のヒミツ」

だから悠里も内緒な、と唇の前に人差し指を立てて、雅臣が笑う。悠里はちょっとあっけにとられた顔をしてから、ふいに肩の力を抜いて笑った。

「あっさりバラしたな」
「悠里が言わなきゃバレないって。…生徒会長にはそういうのねえの?」
「ない」
「ないんだ…」

なんて話をしているうちに、守衛室からパスワードが届いた。てっきり雅臣の私物だと思っていたノートパソコンでそのデータにアクセスしているのを見て、悠里はちょっと驚いていた。

「…なんていうか、ここ、お前の部屋みたいだな」
「ま、似たようなもんだ」

監視カメラの映像には、確かに悠里の机のあたりからカバンを抱えて持ち去る生徒の姿が映っていた。残念なことにここは男子校なので、従ってその生徒もまた男である。雅臣の机には一切触れないようにしているあたりに周到さを感じさせられた。…雅臣の私物に手を出そうという怖いもの知らずは、この学校にはいない。

「…これだけで誰かわかるのか?」
「わかるさ。…タイの色からして二年だろ?髪の色は黒、眼鏡はしていない。背は椅子三つ分以下だから170以下、かつこの時間に授業を欠席していた生徒。すぐ見つかる」
「…」

風紀委員の連絡網にその情報を流してから、雅臣は切れ長の目を間抜けにまあるく見開いた悠里を見て笑った。かわいい。

「見直した?」
「…ちょっと」

ちょっとかよ!とつっ込んだら目を細めて悠里が笑う。かれがこうして笑ってくれるようになってしばらく経ったけれど、まだまだ不意打ちのそれには慣れそうになく、雅臣は言うべき言葉を探しあぐねて沈黙に陥る。

「…なに」
「いや、かわいいなあと」

思って。というまえに肘打ちを喰らって噎せた。



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