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貿易商とその用心棒、という組み合わせは良く見られるものだ。こちら側の軍の兵士たちには話がついているらしく、黙ってひとつ敬礼が飛ぶ。警察内部でのラインハルトの立ち位置は危ういが、かれの賛同者は警察外に沢山いる。正しいことをしているから当然なのだけれど、と思いながら郁人は僅かに息を詰めた。

幾年離れていただろう母国への帰還をまえに、というのも、勿論ある。郁人は父も怖いが、妹はもっともっと怖い。嫌われたくないのだ。単純で不純な動機である。

「あの子ももう、14才か…」

吐息のように吐き出すと、知った風な幼馴染がぐいと肩に腕を乗せた。郁人の弱点はと聞かれれば、まっさきに妹の名を出すに違いない男である。

「まだ邸にいるだろ。手が空いたら行ってみるか?」
「ばかいえ。おれはまだ死にたくない」

あの厳格で巌のような父が、どんな顔で槍を手に追いまわしてくるのか。それを考えただけで冷や汗ものである。そんな郁人の内心など知っているであろう洸は先ほどまでさんざん驚かされた仕返しというやつか、にやにや笑みを浮かべている。

「そんなこと言って、鈴音ちゃんに嫌われてないかビクビクしてるくせに」
「む」

痛いところをつかれ、郁人は洸の脇腹に肘鉄を入れた。唐突な攻撃に噎せている洸は放っておいて、なにやら相談をしているラインハルトとシオンの背中を見る。

「何かあった?」
「郁人、ここ周辺で襲ってくる連中が隠れられるような場所は」

どうやら二人が覗いていたのは、ここ周辺の地図であるらしかった。森の国の国境付近で襲ってくることはなかったために、全く知らぬ土地での襲撃を予想しなければならないらしい。海の国は東を山の国、北を森の国、そして西南を海に囲まれた国である。国土でいうと大陸の四分の一を占める魔の森を持つ森の国には引けを取るが、穏やかな気候と海の恵み、行き届いた政治という面では最も豊かな国であるだろう。

「北の大公は…まだご存命なら穏健派だ。おそらく騎士団をずらっと配置している、なんてことはないだろうね。おれだったら、国境を越えてすぐを襲う」

僅かにシオンが目を見開いた。もしかして聞かされてないのか、と洸は思ったが口には出さない。ラインハルトが何処から情報を得てきたかも知らないままにかれにまで自分等の素性が分かるのはいただけなかった。

「なるほど。…では、行くぞ」

そういって、ラインハルトが国境を越えた。それに続く洸は、眼前に見えるあのうつくしい城を見上げる。なにも変わってはいない。…聞こえてくる潮騒も、遠くに僅か見える海も、嘗てと少しも変わらずに、そこに存在していた。

少し先の小屋に、兵が数人詰めている。砦というだけあって一応隣国を警戒しているのだろう。かれらは小屋から出て、こちらへと歩いてくるようだった。
そのほかに、近くに建物はない。人里まではまだもう少しかかりそうだった。しかし今は、そんなことも気にならない。今現在、自分が生まれ故郷にいるのだという事実が、がらにもなく洸を無言にしていた。

「変わらないな。綺麗だ」

同じことを思っていたらしい郁人が、シオンが荷車を引くのを手伝いながらそんなことを言った。頷こうとした、刹那。

「ビンゴ!」

そう言ったのは、シオンである。道の左右から途端噴き出した殺気に、郁人は咄嗟に剣を抜いた。半身を前に投げ出した洸の背中につけ、ラインハルトとシオンの位置を確認する。

「すごい、郁人さんの言った通り」
「ふふん。おれは探偵だからな」

とまあなんとも和やかな会話をよそに、四人を取り囲むのは剣やら銃を構えた一行である。こちらに来ようとしていた兵士が慌てふためくのも当然だろう。

「き、貴様ら、何者だ!」

そういって剣を取り、貿易商を守ろうとそれでもかれらは駆け寄ってきてくれる。ラインハルトが真っ直ぐ目前の男に合わせた照準を、僅かに動かした。頭から肩へ、微かに息を吐く。

しかしおそらくは傭兵団のものであろうかれらは、一向に引こうとしなかった。おそらくは荷台が目的なのだろう。兵たちも黙ってはいられない。応援を要請するのだろうか、ひとりが小さな魔石を地面にたたきつけていた。煙が上がる。

「荷物を寄越せ」
「大事な商売道具ですからー」

シオンがそういってへらりと笑った。間伸びした口調に焦れたのか、それとも応援の兵が来る前に片付けたほうが得策だと知ったのか、傭兵団が一気に間合いを詰めた。最も荷台の近くにいたシオンに殺到をする。

「シオン!」

あっという間に見えなくなったシオンに郁人がその名を呼んだ、まさしくその時であった。

「…どうしますラインハルトさん。走りますか」
「面倒だな」

かれが顔に巻いていたターバンが、荷台の上にひらりと落ちる。折り重なるようにして倒れ伏した男たちの上にとん、と着地をしたシオンを見て洸は息を呑んだ。両手に持った血の滴るナイフを素早く鞘に戻し、かれはざわめいた周囲を見回して舌打ちをする。ぞっとするほど冷たい視線が、周囲を威嚇するように一瞥した。

かれには色がなかった。

「お、おい、大丈夫か?」

兵士たちは顔を見合わせ、傭兵団と商人一行を交互に見比べている。これでは確かに、どちらが加害者かわからないだろう。あっというまに半数近くを壊滅させられた傭兵団は目を見合わせ、そして一斉に駆け出していった。逃げたらしい。

郁人は遠くからさらに人が走ってくる気配を感じながら、僅かに逡巡して剣を鞘に戻す。ラインハルトの方を見ると、わずかに首肯をした。ここで兵士に捕まるわけにはいかない。

「…目は大丈夫か?」
「それは大丈夫です。ご心配なく」

郁人に問われ、シオンが笑顔を見せた。透き通るような白色の笑みである。かれには色がない。ただその白銀の髪と極端に色の薄い肌に、ルビーみたいにぎらついた切れ長の赤い目が埋め込まれていた。謎かけのような問いに応じたシオンは僅かに笑っている。質問の意図に気付いたのだろう。僅かに郁人が安堵したようにため息をする。海のあるこの国の日差しは強いからだ。
一方、相変わらず何考えてるんだかわからない相棒の腕を引っ張って、洸は郁人を背中に追いやった。万が一おまえの顔を知ってるやつがいたらどうするんだと、そんなふうに小言を垂れる。あー君たち、と兵士が申し訳なさそうに声をかけてきた。

「その盗人も一緒に、ちょっと時間を貰えるか?」

戦っているところは愚かナイフを抜いたことさえ気付かせないほどの腕前である、とは微塵も感じさせない様子で再びターバンを巻き直しているシオンに、である。まだうーうーと苦痛のうめき声をあげているそれらの背中をぐりぐりと踏みつけていたラインハルトが、すっとその双眸を細めた。たしかにこれだけ派手に暴れたら(シオンが)怪しまれるのも当然だろう。ただの商人でないことなどとっくにバレているはずだった。






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