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「…なるほど、雑魚ばっかり絡んできたのはデータ採取のためってわけ」

我が物顔で長い足を組んでいる柊が、またちょっかいを掛けて思いっきり痣の出来た場所を叩かれている雅臣に生ぬるい目を向けながらそう呟く。頷いてひとつ遠い目をした悠里が、痛い痛いと身体を屈めている雅臣の背中におまけにもう一発平手をくれてから立ち上がった。

「パソコンは壊したけど、換えはあるだろうからな」
「まあ、任しとけって」

柊が口角を釣り上げてにっとわらった。その笑みはどこか肉食の獣を彷彿とさせる自信に溢れた笑顔で、かれのきれいな顔にはにつかわしく無いはずなのによく似合っている。ぽかん、とそれを見つめてから、慌てて悠里はかれへと尋ねた。

「ま、任しとけって…、こいつもこうだし、生徒会だって欠けてるんだぞ」
「言ったろ?俺ひとりで十分だって」

とてつもなく悪役くさい笑みになって、柊はその秘められた力など微塵も感じさせない掌をひらひらと振る。それから『こいつもこう』と評された雅臣のほうをちらっと見て、笑った。

「俺は誰かさんみたいにどっかの流派ってわけじゃないからな。相手も対策の取りようがない。ちなみに肋骨も折れてない」
「…えっ、お前肋骨折れたの?」
「ヒビ入っただけだって」

柊にあっさり身体の状態を見抜かれて、雅臣は苦い顔をした。たしかにこの分では平時のように立ちまわることは不可能だろう。ふふんと勝ち誇った顔をして、柊が笑顔になった。

「さっさと仕掛けてくればいいのにな」

腕が鳴るぜ、みたいな顔をしたかれに、悠里もつられてちょっとわらう。ひとりつまらなさそうな顔をした雅臣が、カレンダーに目をやった。

「…ま、明日ってとこだろ」

それからおそらくはヒビの入った肋骨のあたりをそっと撫で、失態に苦々しい顔をする。気遣わしげにかれを見た悠里が至極まっとうな意見を延べた。

「お前、病院いけよ」
「大丈夫だってこのくらい。あとで固定しとく」

ほんとうにヒビだけなのか?とか折れてないのか?と納得のいかない悠里は詰め寄ったけれど、本人に病院に行く気は一切なさそうだった。いま学園を離れて病院にいけば、戻るのはすべてが片付いた後に違いないと判断したからだろう。

不承不承といったふうに息を吐いてソファに寄りかかった悠里は、またなにか口論を始めた柊と雅臣を眺めながらなんとなく目を閉じる。

大それたことをしたものだ――、と、悠里は自分で自分を思っている。先ほどのことだ。もし宵に喧嘩の心得があったなら、たちまち悠里は伸されていただろう。無謀だった、と思う。無茶をした、とも。けれど不思議と、気分はすっきりしていた。

役に立てた、からだ。分かり切っている。悠里はなにかをしたかった。役に立ちたかった。何も出来ないで居るのは、いやだったのだ。悠里だって何かできる。守られてばかりではない。そう証明したかった。だから何か考えるよりまえに、身体が動いたのだろう。たかだかきっかけを作っただけでも、悠里はうれしかった。…まだ何かできる、と、そう思えたから。

「…じゃあ、とりあえず今日は解散ってことで。何かあったらすぐ呼べよ」

雅臣がそう声を掛けてくれた。わかった、と頷いて悠里は勢いをつけて立ち上がった柊を見上げる。心配ねえって、と笑っている柊にこそばゆい気持ちになった。

不思議なもので。
もう悠里は、自分が弱くて守ってもらわなければならないということに、つい先ほどまでの嫌悪感を抱かなくなっていた。それはなぜなのか、明確な理由はわからない。強いていうのならきっと、自分が守ってもらわなければやられてしまう一般人だ、ということをきちんと納得したということだろう。悠里に出来ることは戦いではない、と理解した、ということだ。

柊とつれだって会議室を出る。さっそく明日に決戦を備えているとは思えないくらい呑気な顔をした柊が、頭のうしろですらりと長い腕を組んで笑っていた。

「悠里、いいことあった?」

そんなに浮かれていただろうか。慌てて表情を引き締めて、それからじぶんでもばからしくなって笑ってしまった。…漠然と感じていた不安が解消されたことは、いいことなのだろう。根本的な解決には全くなっていないけれど、悠里の気持ちには区切りがついた。出来ないなら、違うことをすればいい。そう、思えるようになっている。

「…うん」
「そっか」

夕刻を過ぎても、すこしも暑さはおさまらない。クーラーのない廊下は暑いし蝉の声はそれをますます増幅させていた。夏だ、と悠里に思わせるには十分だった。

夏休み、これが片付いたあとはなにをしようか。ふいにそんなことを思う余裕まで出来ているから不思議である。たったさっき、ひどく落ち込んでいたんだけれど。それももう、こころのなかで踏ん切りがついた。

「俺さ。…虎次郎たちのことが片付いたら、リオンにちゃんと、俺はお前が思ってるような人間じゃない、っていうよ」
「…うん」

柊は、否定も肯定もしなかった。それが柊の優しさであり、かれがつよい、と悠里に思わせる所以でもある。かれは悠里に、なにも聞かない。どうして恋を恐れるのか。どうしてひとを好きになることを、怖いと思っているのかも。漠然とした悠里の不安は、きっと柊にも分かっている。どうしてそう思うのか、気にならないわけもないのにだ。かれはやさしい、と悠里は思う。いかに親しくなろうとも、自分の口からそのことを語ることは、悠里にはまだ出来そうになかった。

だから悠里は決意をしたのだ。そして柊は知っている。自分で決めなければいけないことがあることを、かれはよく知っている。

――経験しているのだ、柊も。それは奇しくも、奇しくもまだ夏が深まる前、悠里に想いを伝えることを決めたときのことだった。その決断がいま、こうして柊を悠里のとなりに並ばせている。そしてまた、それが悠里を、少しずつ変えていこうとしている。

「騙してて、ごめんって。…エゴかな」
「違うさ」
「…うん、ありがとな」

すこしだけ肩の力を抜いた様子の悠里が、ほんとうにほっとしたように表情を綻ばせた。やさしくて、やわらかい笑顔だ。きっとこうして、悠里は変わっていく。…柊は、それを傍で見守れることが、たまらなくうれしい。そっと笑って、柊は窓の向こうの痛いほどに青い夏の空を見上げる。ふいに蝉が、鳴き止んだ。





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