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スグリが果物を半分に切って居間のテーブルに置くと、矢の羽の様子を確かめていたシルヴァが寄ってきた。半分を指差して、俺に?とでも言いたげな顔をする。笑ってかれを座らせて、スグリはその向かいに座った。

やはり果実は、甘酸っぱい味がする。大ぶりなそれは半分といえども、生来小食であるスグリにとって結構な量になった。昼食はこれで十分だ、と思いながら、きれいに種だけを残して果実を食べ終えたスグリはとうに皿を空にしていたシルヴァにもういちどありがとう、という。笑って頷いたシルヴァがさっと皿を持っていってしまったから、スグリは手持無沙汰になってその背中を見つめた。

横に並べばちょっと見上げてしまうくらい背の高いシルヴァだが、決して大柄というわけではない。しなやかに長い手足には贅肉こそついていなかったが、かといって過分な筋肉があるわけでもなかった。均整のとれた肢体である。スグリは細くて華奢なだけの自分が恥ずかしくなって、ぺたぺたと肋が浮きそうな腹に触れてみた。

ムラに居たころにくらべれば、少し健康的な身体になった気がしている。日にも焼けたし、体重も増えた。それは躊躇いなくスグリをそとに連れ出してくれるシルヴァのおかげだと分かっているから、スグリはそっと目を伏せる。

「スグリ」

皿を片づけたらしいシルヴァが、スグリの名を呼んで居間に戻ってきた。きょとん、とした顔をしたかれに気付いて表情を笑み崩し、それから手を差し伸べる。何か考えるより先にそれに手を重ねると、ぎゅ、と指先を握られた。それでシルヴァがなにかをスグリにいうのだけれど、もちろんまだまだそれを理解することは出来ない。だが、

「アザミ、」

という単語が間に出てきたから、アザミの家に行くのだとすぐにしれてスグリは頷いた。アザミは笑って教えてくれないのだけれど彼女はこのムラでも屈指に尊敬をされている人物であることが、ムラでの暮らしのうえでわかってきている。そしてそんな彼女のもとへ、シルヴァはよく話し込みにいくのだった。二人の会話はもちろんシルヴァの言葉で行われたから、内容はスグリにはわからなかったけれど。

家を出て、ムラの端にあるアザミの家に向かう。このムラを歩くときはいつもシルヴァがそばにいるせいで、スグリはちょっとした有名人らしかった。女たちとの集会のときにいつも、かのじょらを攫ってきた男がスグリのことを不思議そうに見ていたという話を聞かされる。そのたびに奇妙な劣等感で沈んでしまうスグリだったがそんなことは表に出せないので、いつも笑って誤魔化していた。

アザミの家は、集会場とはまた違う建物である。そこに彼女は、赤毛の子供とふたりで暮らしていた。その子供は10を少し出たあたりか、スグリのすぐ下の妹と同じくらいの年である。シルヴァに伴われて彼女の家に行くたびに、スグリは彼女と遊んで過ごした。名をアカネ、という、このムラで生まれ育ったという珍しい少女である。

本当にこのムラには女がいなかった。アザミと同じくらいの年代の、恐らく彼女と同時期に違うムラから攫われてきたのだろうひとが幾人か。そしてスグリのムラから連れて来られた、若い女たち。そしてアカネ。それ以外の女性を、スグリはこのムラで見ていない。

「スグリ!」

玄関でシルヴァがアザミを呼ばわると、そんな鈴の音のような声が飛んできた。ばたばたと忙しない足音といっしょに、奥からシルヴァの髪よりすこしいろの薄い赤の髪をした少女が跳ねてくる。アカネだった。

「こんにちは、アカネ」

妹よりもずっとあどけなく子供っぽい彼女を、スグリも好いている。もともと妹たちの世話をずっとしてきたスグリにとって、ある意味この年代の少女たちが一番身近なのかもしれなかった。

そしてアカネは、スグリたちの言葉を繰れる。聞けばアザミが教えたということだったが、とにかくアカネはとても流暢にスグリたちの言葉とシルヴァたちの言葉を操るのだった。だからスグリにとっても、十分に会話の出来る彼女といることは思った以上に安らぎとなっている。他愛のない話が出来ることを、とても嬉しく思っている。

腰にぎゅう、としがみついたアカネの髪を撫でてやりながら、スグリはアカネがシルヴァになにかをいうのを聞いていた。シルヴァは軽く頷くと、そのまま奥のほうへと入っていく。シルヴァは子供が苦手なのか、アカネとは必要以上に話しているところを見たことがない。ちなみにアカネはあまりシルヴァが好きではなさそうだった。だってあいつデカい、とどうしようもない理由もスグリはしっているから、何も言わないでおく。

「今なんて言ったの?」
「アザミおばさんは奥にいるよって言った」

だから遊ぼう。そういったアカネの薄い茶の瞳は好奇心と期待に満ち溢れてる。うん、と頷いて、スグリはシルヴァのとは違ってふくふくとちいさく柔らかい掌に手を引かれてアカネの部屋へと向かった。

すでに奥の部屋からは、シルヴァとアザミの話声が聞こえてきている。すこしも意味がわからない自分にちょっと情けなくなりながら、いつものようにアカネになに話してるの?と訊いてみた。それはムラの若い男たちの様子であったり、女たちが怯えていないかという話であったり、大きなイノシシが獲れたという話であったりする。けれど今日の話声は笑いもなく、たんたんと進められているように、スグリには聞こえた。

するとアカネはちょっと難しい顔をしてから、そのどこか猫を思わせる可愛らしい顔立ちを翳らせる。そして、なにかとても大切な秘密を打ち明けるようにスグリの耳に唇を近づけて、そっと教えてくれた。

「…森が騒がしいって、いってる」






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