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予告編!



文化祭シーズンが近づいてくると、にわかに学園が騒がしくなる。生徒会はその騒がしさに少し先立つから、悠里はその喧騒のなかでちょっとホッとしている。例年通り前もってクラスに全ての事案を降ろし、あとは各クラスから集められた学校祭の実行委員に指示を出すだけでいい。基本的に生徒会が関与しないのは、生徒会目当てに集まってくる人間ばかりが実行委員にならないようにするためだった。

なので悠里も、今日からはしばらくクラスの一員として学園祭を目指すことになる。この学校でも学園祭は一大イベントだ。三日間とおして行われるそれは唯一学園が一般にも公開される日であるから、ひどく派手に金をかけたイベントになる。去年は自分の学校と重なって来れなかった妹が今年は来ると言っていたから、悠里も楽しみにしていた。…ちょっと怖いけど。

「では、どの劇がいいか多数決を取りたいと思います!」

クラスの実行委員が、黒板に書きだされたいくつかのタイトルを前にそう言っている。二年生は例年、劇をやるのが習わしだった。毎年無駄に気合が入っている。去年は女装したさきの生徒会副会長がきれいだったなあ、と思い返しながら、悠里はぼんやりとそれを眺めていた。裏方とかやりたい、と考えながら、悠里は自分が氷の生徒会長であることを思い出す。…たぶんむりだろう。

「やっぱりロミジュリじゃない?」
「シンデレラとかも鉄板だよねー」

と小動物系男子たちがきゃいきゃい騒いでるのを尻目に、悠里は心もとなく左右をちらりと見た。クラスで友人と呼べるのは、となりで爆睡している風紀委員長だけである。氷の生徒会長なんてやっていると、やっぱりクラスメートはとっつきにくいらしかった。嫌われてはいないけれど、へたに近寄って親衛隊に目をつけられるのも怖い。悠里もそれは重々わかっているから、こういうときでもなければあまりクラスメートと親しくする機会はない。だから今回くらい、と思っているのも事実だ。

柊のところは何の劇をやるんだろうか。かれのことだから、きっと主役を張るに違いない。あと悠里が個人的にすごく興味があるのは椋のクラスだった。脚本がかれだったらものすごいものになるに違いない。妹が喜ぶ。

「おい雅臣。話聞いてたか?」

その肩にシャーペンをぐさぐさ刺すと、うすいグレーの瞳が緩慢に開いて悠里をみた。それが何度か瞬きをして、なぜかしん、と静かになった教室に、寝ぼけた雅臣の声が響く。

「何の話?」
「劇。…学校祭の。」
「出んの?」

ちょっと頭痛を感じて、悠里はクラスメートの手前氷の仮面をかぶりつつ答えた。こいつ出ないつもりだったのか。全員参加に決まってるだろうに。…たしかに風紀委員も忙しいだろうけれど、こいつはあの風紀委員の根城で寝ているだけだってことを悠里は知っている。

「出ろよ」
「…んにゃ、お前」
「は?」

しん、と静まってしまった教室に、悠里の間抜けな声だけが聞こえる。それからすこし考えて、かれの言葉の意味することをしった悠里が何度か瞬きをした。なぜか固唾を呑んで見守るクラスメートたちに、まさか俺もこいつと同列に見られてたのかとちょっと傷心になりながら、悠里はかるく頷く。もとより、悠里は出来る限り行事をまじめにこなすタイプだ。

「出るに決まってるだろう」

途端、クラスは沸きに沸いた。思わずびっくりして身を竦めた悠里のまえで、むくりと雅臣が起き上がる。それから黒板に目を向けて、並べられた演劇のリストを眺めた。

「ふーん。…ハムレットマクベスリア王オセロ、四大悲劇は押さえてんのな。でもマクベスは却下。あれ好きじゃない」

シェークスピアの著作のなかから、とりあえずマクベスが消された。なんてやつだ、と思いながら、悠里も恐る恐るリストを見る。何だこの空気。この『俺照明やる』といえない雰囲気は。

――シェークスピアには、悠里も格別の思い入れがあった。

『恋は目で見ず、心で見るのだ。』
妹がくれたこのメッセージは、シェークスピアの書いた喜劇のなかの一節である。見たところ黒板にその喜劇の名は上がっていなかった。それにちょっとだけ安堵して、悠里はすっかり静かになってこっちに注目しているクラスメートたちを居心地悪く見回す。

ていうか学園祭の演劇で重厚な悲劇もどーよ、赤ずきんとかでいいじゃん、と雅臣がめずらしくまともな意見をいう。頷こうとしたところで、ぼそりとかれがとんでもない問題発言をしたので思わず悠里は言葉を失ってしまった。

「とりあえずキスシーンがありゃいいや」

またクラスが湧く。小動物系男子たちがますます盛り上がって話を始める。ぽかんとした悠里の肩を引き寄せて、雅臣が殴りたくなるくらいにいい笑顔をした。

「俺悠里の女装見たい」

小動物系男子と一部のクラスメートが喜んでいるのを見てしまって、悠里はちょっと眩暈すら覚えた。悠里は残念ながら空気が読める。つまりこれは、そういうことだ。

「……」

…多数決では漫才に一票いれよう、とむなしく思った悠里であった。




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