随想ラプソディー
「またやってる…」
俺は、さきほどまで落ち着いていた食堂にざわめきが巻き起こったのを見て嘆息した。この高校でこのパターンはもう慣れ切っている。今日は転校生か会長かはたまた風紀委員長かと思いながら目の前の友人を窺うと、がたがた椅子を揺らしながら立ち上がっていた。食事中だというのに行儀が悪い。
「ひ、柊くんだ!」
クラスで地味ランキングを作ったら間違いなく上位にランクインするだろうこの友人は、目下転校生に夢中である。たしか読んでいた本を『それ面白い?気になってたんだよなー』と言われたのがきっかけだったはずだ。…ごく普通にクラスメイトに話しかけただけでこんなに好かれるアイツも、かわいそうっていったらかわいそうかもしれない。そんなこんなでまとまった親衛隊こそ存在しないものの一般生徒のあいだでも人気の高いかれに、この友人もまたやられているわけだった。
「ね、ねえねえこっち見た!」
「知らねえよ。気のせいだろ」
興奮気味の友人を切り捨て、俺はきゃあきゃあうるさい食堂の向う側を見る。ここは本当に男子高かっていう声だ。
群がった生徒たちのむこうに辛うじて見えるのは、困り顔の転校生である。たしかに綺麗な顔をしているとは思うけど、ケツを追っかけ回すのは理解できなかった。あいつには体育のときにサッカーでハットトリックかまされたのであまりいい思い出がない。ちなみに俺はキーパーだった。
「あ、あれ雅臣さんじゃないか?」
興味なさげに飯を喰っていたもう1人の友人が、そんなことをいいながら立ち上がる。だから行儀が悪いってーの、という俺のツッコミも虚しく、クラスではちょい怖めの不良っぽい立ち位置であるかれはまるでスポーツの試合でも見てるみたいな反応をしていた。仕方なくそちらをみれば、転校生の後ろから敏腕風紀委員長がひらひら手なんか振りながら食堂に入ってきている。
あいつもまあ、かっこいいとは思う。俺も男なので潔くそれは認めよう。入学したてのころはああいうまともなイケメンもいるのか、とちょっと感動したことも事実だ。だってほかのイケメンは同性だってのに小さかったり綺麗だったりする生徒を食い散らかしていたわけだし。
だけどまあ、あいつの恋愛対象もまた男である。ちょうどほらあれだ。一番後ろからゆっくりと食堂に入ってきた、整った顔をかすかに歪めたあの美形。氷の生徒会長そのひとである。
「悠里様!踏んでください!」
「柊好きだー!付き合ってくれー!」
だめだこいつら。特に生徒会長のまわりにわらわらしている小さいのはうるさくてたまったもんじゃない。それを邪魔だから戻れ、と追い払っているのは秋月さんだった。俺の部活の元先輩で現部長、かつ同級生である。かれは黙ってればああいうきゃあきゃあうるさい小動物の群れ、すなわち親衛隊が出来ただろうイケメンだ。エロ本を堂々と回しては怒られてる変わった人だけど、いい人に間違いない。いつもお世話になってます。
恋愛感情じゃないと言いつつ生徒会長の親衛隊のNo.2をやっている秋月さんはうるさかったのを静かにさせると、さあ閣下どうぞなんていって生徒会長を先に進ませた。涼しい顔でご苦労であった、なんて返している生徒会長を見ていると、いつもあいつ結構ノリいいよなあと思う。
「雅臣さん!風紀に入れてください!」
「舎弟にしてください!」
「はいはい風紀委員は現在定員越え!舎弟は間に合ってる!」
自分でむっさい群れ(あれに囲まれるなら会長のほうがましかも)を追い払った風紀委員長のほうはといえば、親衛隊を持たないことで有名だった。ああいうむさいののほかにも、勿論あいつにきゃーきゃー言ってるのはけっこういる。いるけれどあいつは、そういうのにまとわりつかれるのが好きではないようだった。俺に近付きたいなら風紀に入れ、ただし喧嘩強くないと入れないけどな、なんていったかれのせいで、一時期小動物系男子たちの間で筋トレが流行ったというのは有名な話である。
親衛隊。何が楽しいんだか同い年のしかも同性を追っかけまわしているそいつらのことは、到底理解できそうにない。氷の生徒会長は一切親衛隊とそういう意味での接触をしないことで有名だし、逆に生徒会会計のチャラ男は親衛隊をガンガン喰っているので有名だ。ある意味では生徒会自体が転校生の親衛隊だって言われてたり、風紀委員は実質ほぼ委員長の舎弟で構成されていたりする。この学校はおかしい。とりあえず俺はそれに入ってないし、入りたいと思ったこともない。
ただ、ひとつ。
「悠里さま!」
あの子だけは、かわいいなあと俺も思うわけだ。いま氷の生徒会長に駆け寄ろうとした直前に秋月さんにキャッチされたあの子、北川リオン。うらやましいです秋月さんちょっと代われ。日本の血がほとんど混ざっていないことがよく分かるその西洋系の面立ちは超絶美形で、俺はあれが男だと思うといつもぞっとする。
…ま、あの子は見ての通り生徒会長にベタ惚れなんだけどな。あんな女の子よりずっときれいな子が自分に好き好きオーラを出しているのに何もしない生徒会長は、本当にすごいと思う。何でなんだろう。この閉鎖的学園に閉じ込められていたら、男でもいいやって思うのは自然の摂理であるのに。それに最後まで抗い続けようとしているのだろうか。だとしたらあいつちょっとかっこいい。
なんて思って何気なく生徒会長のほうを見て、俺は思わず呑みかけのリンゴジュースを噴き出していた。転校生にきゃーきゃー言っていた友人に怒られながら、俺は目を擦る。すでにそこにいたのは秋月さんと何かを話しているいつもどおりの生徒会長だったけど、さっき。
俺が見たその瞬間、氷の生徒会長はたしかに、めちゃくちゃいい笑顔をしていた。きょうのスペシャルメニューの豚汁の前で。…なんていうか、俺のなかであいつの立ち位置が百八十度変わる。なんだよ、笑えんじゃん。
なんて思ってしまってから、俺はもしかしてこれが目の前の友人たちの仲間入りする第一歩なのかと思って頭を抱えた。とりあえずあとで豚汁おかわりしにいこう。