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18



しばらく経った。

シルヴァとの奇妙な共同生活も、月がまた満ちて欠けるのを繰り返すほどに続いている。慣れてしまえばこのムラでの暮らしは、スグリにとってとても向いているのかもしれなかった。山の上のきれいな空気と栄養のたっぷりある食べ物がいくらでも与えられることがよかったのか、スグリはまだ体調を崩していない。じぶんのムラに居たころにはしょっちゅう倒れて寝込んでいたことを考えると驚くべきことだった。

食糧庫はもうスグリの城だった。シルヴァが狩りに出かけるたびにあの部屋にこもっていたから、今ではすっかりスグリが試したくて仕方なかった干し肉の臭みをとる工夫も木の実の上手な保存法も実践されている。料理は相変わらずシルヴァがやってくれていたけれど、かれも過ごしやすくなった食糧庫をみてとても驚いていた。

片付けたくてうずうずしていたそこをきれいにしてしまえば、スグリはすこし暇になった。狩りからシルヴァが帰ってくればいっしょに山に出かけたりするけれど、やはり家のそとにひとりで出る気にもなれない。集会所でスグリのムラの女たちと集まることはあったけれどそれもなければ、スグリは花冠を作ったり籠を編んだりして過ごしていた。

出来あがった籠はいくつかこの家でも使われていたし、よその家にやったりもしているらしい。女たちからたまにそんなふうな話を聞くこともあった。…あなた、まだ籠を編んでるの?そんなことしなくたっていいのに。そんなふうに諭されることもあったけれど、スグリはたいして気にしていない。

「スグリ」

居間の椅子に腰掛けて蔦を裁断していたら、狩りから帰ってきたらしいシルヴァの声がした。ひとまず蔦を机において玄関のほうへと駆けていけば、弓と大ぶりの剣を腰に提げたシルヴァが立っている。獲物があったときはそのまま玄関のそばにある狩りの道具のある部屋で皮をなめしたり獲物を肉にかえたりしていたから、今日はどうやらなにも狩ってこなかったらしい。

家にたくさん食糧もあるし、小食のスグリとの二人暮らしということもあって、たまに獲った獲物までひとにあげてくることのあるらしいシルヴァはスグリのムラの女たちからやけに人気だ。スグリはよく羨ましがられるのだけど、なんとなくそのたびに微妙な気持ちになるのは秘密にしてある。

ぐしゃ、と頭を大きな手で撫でられてスグリは肩を縮ませた。ちゃんと留守番していた?とでもいわれているようで居心地が悪く上半身をむずむずさせると、ちょっと笑いながらすぐにシルヴァの手が離れていく。

「…」

それからかれは、スグリにまるい果実を手渡した。笑ってひとつ頭を下げてそれを眺めると、前に一度貰ったことのある甘酸っぱいそれだと知れる。狩りに出るシルヴァはいつも、こうしてスグリになにかを持ちかえっては与えてくれた。それは時に珍しい花であったり、行商人から買ったか貰ったかしたらしいうつくしいタペストリであったり、きらきら光る石であったりこうした果物であったりする。スグリはそんなシルヴァのこころづかいがとてもうれしかった。

「ありがとう」

と思わずじぶんの言葉で言ってしまってから、スグリは慌ててかれらの言葉でそれを言いなおした。アザミにいくつか言葉を習ったから、こうしてお礼くらいは言うことが出来るようになったのである。初めてかれに、かれの言葉でありがとう、といったとき、シルヴァはとても驚いた顔をしていたっけ。思い出して手の中の果実のように甘酸っぱい気持ちになりながら、スグリは居間へと戻ったシルヴァの背を追った。

あとで果物はシルヴァといっしょに食べよう。そう思ってそれを机の上に置いておく。かれが弓や剣を外すのを眺めていると、なんとなくむずむずした気分になった。手伝っていいものか、それとも黙って待っていたほうがいいものか判断に苦しむことが、シルヴァへの甘苦い思いを自覚しているスグリにとってよくある。触れていいのか、触れられた手を握ってもいいのか、それからたくさん。

そしてそう思うたびに、スグリはいつも寝台のある部屋に飾ってある花瓶を見るのだ。そこにはいつも、スグリが初めて出会ったかれに渡した真っ白の花が活けられている。さいしょのそれが枯れてから、シルヴァはどこからか新しいのを摘んできて、それでそこに活けていた。スグリがシルヴァに教えてもらったあの花畑に、この花は咲いていない。だからきっとシルヴァは、あの山間の花園へと摘みにいっているのだろう。スグリが初めてシルヴァと会ったあの場所だ。…そしてそれを思うたびに、スグリは胸が苦しくなる。不快ではない感覚だった。そしてその感覚をおぼえたあと、スグリはシルヴァに触れることをやめる。…傍に寄り添えたら。ずっとそうしていられたら、それだけでいい。十分だ。そんな気持ちになるのだった。




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