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「おいおっさん、なんでアンタまでいるの」
「俺はまだ28だ」

にこやかに今回護衛する対象である商人と話しながら歩く郁人の数歩うしろで、退屈そうに頭の後ろで腕を組みながら洸はそんなことをいった。さらに数歩後ろを歩いているのは、いつもどおり警吏のかたくるしい服をきっちりと着込んだラインハルトである。貿易商と落ち合ったのは町はずれだったが、そこにすでにかれはいた。即ち既にそれを知っていたということで、なんとなく洸はこの男が読めないでいる。

「仕事はどうしたんだよ?」
「今している。助手は黙っていろ、いつ襲撃があるかわからん」

無造作に後ろに固めた金の髪も、猛禽類、それも鷲とかを彷彿とさせる鋭い青の瞳もどちらも侮りがたい。近寄り難い部類の美形であるはずなのにそれが霞むのは、それほどその瞳が鋭いからだと洸は気付いた。俺だったら絶対近寄らないね、と思う。かれの得物は銃であるらしいのだが、それのほかにも何か武術を嗜んでいるであろう身のこなしをこの男はしていた。今もそうだ。この緊張感を、ほんの数ミリでいい、前でおしゃべりに興じているあの男に分けてやってはくれないか、と、洸はしんそこ思った。

「洸、言い忘れてたけど、今回の依頼主はラインハルトだから」

なんともなしに郁人の後頭部に目をやっていた洸は、肩越しに振り向いたかれと目があって、そしてその唇がにべもなく吐き出した一言に、思わず靴先を土に取られてバランスを崩した。なんとか転ばずにすんで体勢を立て直し、何から突っ込もうなんて思いながら後ろと前を交互に見る。ラインハルトは鉄面皮だし郁人もにこにこ笑っているだけだ。なんなんだこいつら、と洸が呟いたのもしょうがないだろう。

「何をたくらんでやがる」
「簡単にいえば海の国の内情と道案内が欲しい」
「いや、はぐらかしてくれてよかったんだけど…」

郁人がふいに振り向いて、ラインハルトに視線を向けた。すいと目を細めて笑う。どこか腹になにか、とっておきの悪戯を抱えた子供の顔だ。この男がこの笑みをするときに、犠牲になる確率が最も高いのは洸である。条件反射で背筋が伸びた。

「せっかく探偵らしいことを出来る機会だからな。乗りかかった船だし、手伝うよ」

頭を抱えて人通りも少ない国境までの道でしゃがみこんでしまった洸の横を、ラインハルトの長い足が通り越していく。さっき余計なこと言わなきゃよかった、と、いかに洸が悔いてももう手遅れだ。かれの意志は曲げられないし、まして、自分がかれについて行かないなどという選択肢ははなから洸は持っていない。洸は黙ってこれについていくしか、方法はなかった。

「つうか、おい、おまえら」

無関係の商人がいるまえで、なんていう話をしてるんだ。商人の背中を指差して洸が言外にそういったのだけれど、ラインハルトは眉ひとつ動かさなかった。むかつく。

「問題ない。それは俺が用意した替え玉だ」
「ハイハイそうですか、って…」

勢いよく郁人を振り向くと、かれはその綺麗な顔いっぱいに悪戯に成功をしたこどもの笑顔を貼りつけてピースサインをしていた。駆け寄ってその後頭部を殴る。強めに。あいだっ、と悲鳴が上がったが気にしてもいられない。まさかおまえ、と郁人に詰め寄ると、後頭部を擦りながら郁人はこともなげに言ってのけるのだ。

「今回の騒動、きっちり最後まで見届けさせてもらうことにした」

そのためにおまえは追われる立場である国に戻り、そして、あまつさえ!二つの国の間の不穏な動きの謎までも、解き明かそうというのか。そこに謎があるのかもしらないくせに!
洸が言いたいことは大体そんなところだったけれど、ひとつも言葉にはならなかった。郁人に振りまわされることには慣れきっている。面白そうだからと騎士学校でやんちゃをしていた洸のところに丸腰でやってきたこともあった。妹まで連れて。この男のマイウェイランを止められるなど、ちっとも洸は思っていない。諦めるという選択肢しかない今の状況で、これ以上この男と話して体力を削る気にはなれなかった。

「ラインハルトさん、そろそろですけど」
「わかった」

力なく額を押さえた洸とによによと笑っている郁人を交互に眺めていたラインハルトは、先を行く商人に変装をした部下に声を掛けられて僅かに目を細めた。手袋を嵌めた指で脇道を指し示す。国境にある砦には両国の兵士が詰めていた。

「かれが変装している人物はすでにラインハルトが押さえているそうだ。…おそらくそろそろ騒動が起こる」
「盗賊うんぬんってやつか?魔石を密売するだけだろう、何でまた」
「おそらくは山の国の傭兵たちだろうな。これは非常に面白くない事態だろう」

山の国は元来、資源に乏しいが高所に立地しているという条件のため軍事的優位に立っている国だった。そこに十年ほど前から傭兵団が力を貸し始め、いまでは傭兵団と王国の連邦国家といってもいい。
傭兵団は無論、戦いに重きを置いた。小競り合いを勝利に納め圧力をかけることで貿易をスムーズにしてきたのだ。

「海の国の兵士も巻き込んで混乱させる。積んである魔石はダミーだ、俺達はそのままあちらの国へと入る」

ラインハルトは銃の弾丸を確認しながら冷静さをすこしも失わない声音でもって言った。貿易商に扮するかれの部下は長いターバンで幾重にも顔を隠していてあまり表情は窺えないが、ラインハルトが信頼(たぶん)しているのだから有能なのだろう。背丈は平均よりすこし高いくらいの郁人とあまり変わらなかった。

「あんた、武器は?」
「あ、申し遅れました!僕はシオンといいます。警官になってまだ二年目です!」

間合いの確認のために尋ねると、かれはこちらがびくりとするような勢いで立ち上がって頭を下げた。ラインハルトが嘆息をつく。鉄面皮に表情を付けるとは、と、洸のシオンへの評価が高くなったのは秘密だ。

「それはナイフをつかう。邪魔になるようなら一緒に斬ってしまえ」
「大丈夫です!ラインハルトさんの足手まといにはなりませんから!」

ぐっと拳を固めていったかれに、なんとなく洸は拍子抜けをした。ぎゃあぎゃあと言い争いをしている二人からそっと目を逸らす。どうやらラインハルトは人間であっていたようだった。
ふいに思い出す。さっきから黙っている郁人は何をしているのかと思えばアルメリカが出がけにくれたパンを食べていた。馬鹿なんじゃないか、と本格的に洸は思う。視線があうと、パンを半分千切って洸に寄越す郁人はかすかに笑っているようだ。面白いものでも前にしているみたいな顔。そりゃあ人らしく表情を崩すラインハルトは面白いが、と思いながら、それでも洸は尋ねる。

「どうした?」
「ラインハルトにも警察に味方がまだいたのかと思うと、何だかほっとして」
「失礼なやつだな。俺の味方はあとにも先にもコルネリアだけで十分だ」

視線を向けられたラインハルトは、どうやらじゃれついてくるシオンの腹を蹴っ飛ばしたところらしい。なかなかに過激な上司と部下だと思いながら、洸はとりあえずパンを食べることにする。考えすぎはよくない。洸の脳みそには手いっぱいだ。

「準備はいいか、おまえら。行くぞ」

助け舟とばかりにそういって立ち上がったラインハルトに倣って立ち上がり、洸は砦を隔てた向こうに存在する母国を見た。潮騒が僅かに聞こえてくるのはただの郷愁だろうか。隣にひとつ、いつまでも変わらない姿を振り返る。かれはといえばそんな洸の感傷など知ってか知らずか、パンを喉に詰まらせて噎せていた。水を慌てて飲んでいるかれはやっぱり馬鹿なんじゃないかと思う。思わず苦笑いが零れて、それから、なんとなく感傷が薄れていくのを感じた。変わらずにたったひとつ、いてくれればいいと思ったものが傍にある。きっとそれがいちばん幸福だ。




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