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悠里が連れられていったのは校舎の外だった。生徒会長と風紀委員長直々の見回りに、風紀委員たちの士気が異様でないほどに上がっている。ついでに雅臣が悠里の肩を抱いてにやっと笑ったので新聞部の士気もうなぎ昇りだった。

「…予想より少し早かった」

雅臣と並んで人気の少ない体育館裏を歩いて、暫く。唐突に足を止めた雅臣に、悠里は僅かに表情を硬くした。それから目の前に伸びた腕にたたらを踏む。庇う様に伸ばされた腕はそのまま悠里の身体をかれの背後へと押しやって、そしてかれは両の拳を固めた。

「雅臣…」
「おう。任しとけ」

不安げにかれに声をかけた悠里を振り返り、その耳朶にそう耳打ちをして、体育館の壁と自分で悠里を挟むような位置取りをした雅臣が笑う。それとほとんど同時に、ふたりの人影が向こう側から歩いてくるのが見えた。ひとりはすらりと姿勢がよい。もうひとりは、なにやらコンピューターを抱えているようだ。

「…しづかと宵、か」

相手チームのナンバー2と3のお出ましだ。悠里は生唾を呑み込んで、前にある雅臣の腕に手を掛ける。たしかしづかは古武術の使い手であり、副会長と書記を容易くのしてしまった人物である。宵に至っては、何の情報もなかった。実質的にハンデを背負った一対二の戦いになってしまうのは歴然で、悠里は表情を歪めて息を吐く。

「よォ、二人がかりでお出迎えとは嬉しいなァ、悠里」
「…ふざけるなよ、雅臣」

あくまで底抜けに明るく言った雅臣が、それに笑って応えて拳を胸の前で打ち合わせた。肩までのさらさらの亜麻の髪を靡かせたしづかが、その中性的な美貌に笑みを乗せる。

「こちらこそ。わざわざ探しにいく手間が省けました」
「こんなやつら俺ひとりで十分。見てて」

相手方にも聞こえるような声でそういって、雅臣がゆっくりとふたりに歩み寄った。しづかから三メートルはたっぷり開けて拳を構える。

不思議なことに、向こうがたで構えを取ったのはしづかのほうだけだった。宵は呑気にパソコンの画面を開いている。それに僅かに躊躇ったような雅臣に、しづかはあろうことか会釈をしてよこした。

「…各個撃破だなんて僕の美学に反するのですけれど」

ふいにその、泣き黒子のある美貌が笑みに崩れる。そして片足を引き姿勢を正す、いかにも古武術ですといった構えを取ったかれがその唇を釣り上げるところが、悠里にははっきりと見えた。

「そちらさんのご指名だ。やっちまえ」
「ふふ、容赦のない」

高校生とは思えないほど落ち着いた声が、そしてぞっとするような指示を出す。さきに動いたのはしづかだった。

「右。潜って左」

その瞬間。たしかにしづかの一撃を防いだ雅臣の反撃の拳が避けられ、そしてそのまま僅かに上がった左の肘の下を狙って正確な突きが放たれる。雅臣、とその名を呼び掛けて、悠里はかれが辛うじてそれを身体を捻って避けるところを見た。

「そのまま膝!」

コンピュータの画面を覗きこんだ宵の指示が飛ぶ。恐らくはそれどおりに動いているのだろうしづかの足払いが雅臣の膝をまともに捉えた。僅かによろめいたところへ、しづかの正拳。

「――、ぐ」

くぐもった声を出し、腹にまともに一撃を喰らった雅臣が舌打ちをする。しづかの腕を掴んで捻り上げようとしたときには、すでにするりと逃げられていた。

「俺には雑魚しか絡んでこなかったのは、モニタリングってわけか」

口元を拭い、再び距離を取ったしづかと宵に雅臣が低く唸った。見守ることしかできない悠里が掌に爪を立てる。僅かな痛みしか生み出されなかったけれど。

読まれている。雅臣の存在はかれらにとって、確かに一番の脅威だったのだろう。だからこそ入念な計画を立てた。それが、おそらくは宵の操るコンピュータを駆使したパターンのモニタリングだったにちがいない。

再び攻撃を開始したしづかに、こまかな宵の指示が飛ぶ。左、そのままハイキック、次は蹴りがくる、すべて展開を読まれていた。数え切れないくらいまとわりついてきた雑魚どもをたたきのめした時のことを思い出し、雅臣はあの時におそらく映像を撮られていたのだろうと察しをつける。

そして的確に急所を穿つ拳に背中が冷えるのを感じながら、僅かに表情を緩めた。これならば相手にとって不足はなし、といったところだろうか。

「…ッ」

なにか。なにか俺にも、出来ることはないのだろうか。悠里は唇を噛み、再び拳を交えた二人をじっと見据えた。

「そんだけ?早く来いよ」
「…しづか、右、溜めて、今!」

既に何か所かにまともな一撃を受けているくせに、雅臣は余裕たっぷりだった。その挑発にも、宵はたんたんと指示を出すだけ。しづか自体もそうとうな手馴れであるうえに行動パターンを読まれているから、戦いづらいことこの上なかった。けれど。

「―――やっぱ、連れてきてよかったわ」

決して負けられない。負ける気もしない。それは全て、無論、後ろにかれがいるからだ。かれを思う気持ちは、愛とか恋とかそれ以上に雅臣を強くさせている。だれかを大切に思うことは、なにか大切な場所が出来ることは、雅臣を大きく変化させていた。

怖がってはいないだろうか。カッコ悪いところ見られちまったな、なんて思いながら、雅臣はちらりと背後を振り返る。

「…悠里!?」

しかし、そこにいるはずのかれの姿は、どこにもなかった。





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