main のコピー | ナノ
恋情モラトリアム




生徒会の仕事を手伝うようになって、しばらく。それは生徒会の面々が柊を探してばかりで仕事をしない、という悠里のつぶやきがきっかけだったのだけれど、それ以来柊は時間が空けば生徒会室にいることが多くなった。自然と副会長以下の面々も集まるので、悠里も喜んでいる。それはちょっと複雑だったけれど、柊はもともと頭の回転がはやいから、生徒会の煩雑な事務の仕事なども問題なくこなした。

「…」

渡された書類の一番上にあった付箋をみて、柊は思わず悠里に視線をやった。へたくそなウィンクを寄越される。はたして両目とも閉じているのはウィンクにカウントするんだろうか、と思いながら、柊はそれを紙の束から剥がして携帯の背面に貼りつけておいた。

『ちょっと付き合って』

ご丁寧にハートマークまでついている。こういう悪ふざけを悠里がするときは、きまって突拍子もないことをするということは柊も知っているから、ちょっとだけ苦笑してウィンクを返してやった。

ふいに悠里――、氷の生徒会長の皮を被った悠里が小難しそうに眉間に皺を寄せる。それだけでなんとなくちょっと緊張した雰囲気になる生徒会室に、柊は内心で舌を出した。氷の生徒会長がとてつもなく有能である、というのは、半分本当で、半分嘘だ。

悠里が仕事を完璧にこなすのは、ほかの生徒会のメンバーがそれぞれの複雑な事情に追われているなかでこつこつと地道に、そして地味に真面目に取り組んでいるからである。決してサッと書類を手品のように揃えたりしているわけではない。そして柊は、悠里のそんなところがとても好きだった。

「なあ、ここどうなってる」
「…、あ、まだ確認取ってないね。どうしよう」

副会長に書類を渡して、悠里はちょっと口の端をゆがませた。しょうがないなあ、とでも言いたげな、ちょっと素が出ている柔らかめの笑顔である。えっ今の笑うとこ?と背後でぽつりと書記が呟いていた。それが聞こえたのかどうなのか慌てて笑みを取り消した悠里が、ひょいと再度書類を取り上げて長い指を立てる。

「行ってくる。…仕事終わったら先帰ってろ」
「え、いいの?外暑いよ?」

フットワークの軽い生徒会長様は、それにかるく肩を竦めて応じた。小さめのカバンを手にとって、そのまま生徒会室から出ていこうとする。

これか、と先ほどの付箋のことを思い至り、柊はさも慌てたふりをして手元のものをもとの場所へとつっ込んだ。これでとどこおりなく仕事は進むはずだ。生徒会の面々は、頭はいいかもしれないが抜けている。ハサミの場所が分からずに仕事が進まないなんてことがあったら大変だった。

「待って、悠里。俺も行きたい」

なんて小芝居をうってあとを追う。先に部屋を出ていった悠里は、角を一つ曲がったところで柊を待っていた。かれが隣に並んだのを確かめてから、へにゃっと笑ってまた出来ていないウィンクをする。

「脱出成功」

たぶん、空調はきいているとはいえ一つの部屋にすし詰めでは気分が乗らなかったのだろう。廊下に一歩出ただけで茹だるような暑さの学園を歩きながら、柊に先ほど副会長に見せていた書類を渡した。

「夏休み中の食堂の契約について?」
「そういうこと。今から食堂に行って、ついでに何か冷たいもの食おうと思って」

そういうことならがぜんやる気が出る、と笑った柊に、悠里が衒わない笑顔を見せた。相変わらず、笑うととてもかわいい。なんとなく甘酸っぱい気持ちになってしまって、柊は悠里に書類をつっ返す。ちょっとびっくりした顔をしたかれをばっちりみてしまってから、柊はちょっと後悔した。

「柊?」
「…な、何でもない」

そっぽを向いたままの柊を、悠里が覗きこむ気配がした。足取りはこの学園で一番遠くにある食堂に向けたまま、それでもこちらが気になってしょうがない様子で。

「……なに」

根負けをして顔を上げると、深い漆黒の瞳を細めた悠里が、まるで自分のベッドの上で猫が日向ぼっこしてました、みたいな柔らかく甘い微笑みを浮かべているのが見えた。この自分の笑顔にどれだけの破壊力があるのか自覚の薄い氷の生徒会長さまは、それからふっとちいさく笑う。

「…柊耳赤い」
「なっ!」

今度は顔がさあっと赤くなるのを自覚して、柊は思いっきり身体を引き攣らせた。もうこの長い廊下が暑いんだか、顔から熱が出てるのかわかったもんじゃない。

「なんかあった?」
「べ、べつになにも!」

まざまざ自分の恋情を見返して、そしてしみじみとああ好きだなあ、と思いました。などと言えるわけもなく、柊はそう明らかに動転した声を張り上げていた。…悠里の前ではいつだってカッコよく居たいのに、どうしてこういう変なところばかりみられているのだろう。運命の神様を少し呪う。

ふふ、と悠里のくすぐったい笑い声が漏れる。それからふいに、かれが呟いた。

「ほんと、柊可愛いよな」
「かっ…!?」

可愛いのはお前のほうだ!とも勿論言えなくて脱力してしゃがみこんだ柊を、心配そうに悠里が覗きこむ。廊下の真ん中でしゃがみこんで膝を抱える噂の転校生とその背中を叩いている氷の生徒会長が一般生徒に発見されずに済んだのは、ほんとうに僥倖だった。





top main
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -