main のコピー | ナノ
16



ふいに表情を崩したシルヴァがスグリを目線で促して立ち上がった。それを追いながら、ふたたび女たちにいろいろなことを聞かれている件の女性のほうへスグリが視線をやる。

「…あの。あなたは、やっぱりずっと前にこのムラに連れてこられたっていう…」
「アザミよ。…このムラで困ったことがあったら、いつでもいらっしゃい」

問いには明確に応えなかったが、アザミの表情は雄弁にそれを物語っていた。ふいに沈黙が走ったムラの女たちのひとりが、ふいにわあっと泣きだす。それを合図にしたように、女たちは自らの境遇を不安がって泣きだした。

「…スグリ」

立ち竦んでしまったスグリを促すように、やさしくシルヴァが手を握る。頷いてかれに続いて部屋を出ながら、スグリは彼女たちに対する罪悪感でいっぱいだった。入れかわりに部屋に入っていくのはほかのこのムラの男たち、即ち彼女らを攫って来た人間である。アザミを挟んでコミュニケーションを取ろうと試みるのだろうか、なんて考えている間に扉が閉まったから、あの部屋の話声は聞こえなくなってしまった。

「シルヴァ、」

繋がれた手を握り直して、スグリはそうっとかれの名を呼ぶ。…かれの傍なら、不安も、恐怖も、なにひとつない。かれの着せてくれた外套とおなじように、シルヴァの存在はスグリをすっぽりと覆いこんで守ってくれるようなそれに、スグリには感じられていた。

…どうして、シルヴァはスグリにやさしくしてくれるのだろう。

それはスグリがずっと感じていた疑問であった。スグリは身体が弱い足手まといであるし、それ以前に男だし、シルヴァにとってプラスになる面は何一つないように思われる。だのにシルヴァはとてもやさしい。かれがもともと優しい人間なのかもしれなかったが、それにしてはシルヴァはほかの男が連れ攫ってきたスグリのムラの女たちを据えた位置にスグリを置いているようなきらいがある。

…もし、もしも、シルヴァがスグリを傍に置いて、それで満足してくれているのなら。

スグリは、それをうれしい、と思うだろう。

「スグリ?」

底冷えのする外でふたたび立ち竦んだスグリに、シルヴァが気遣わしげな声をかけた。ほおに触れる長い指はびくりとするほど冷たくて、思わず首を竦める。慌てて離れていった指を目で追って、スグリは目を伏せた。

例えば言葉が、通じたとしても。
スグリは、かれに伝えるべきことを、探せないでいた。何といえばいいのだろう?ありがとう、それから、この身を焦がす、咽喉のおくにとどこおる熱を、スグリはなんとかれに伝えればよいのだろう。

ぐしゃり、とシルヴァの大きな手がスグリのあたまを撫でた。その手の心地よさが、同時にますますスグリを苦しめる。やさしくされると、ますますシルヴァのそばに居たくなってしまう。これ以上理由もなしにやさしさを与えられたら、スグリは参ってしまいそうだった。

だから咄嗟に後ずさる。驚いたように目を見開いたかれの鳶色のひとみにみられるのが嫌で、スグリは横を向いて黙りこんだ。スグリ、と宥めるような優しい声色が、スグリを呼ぶ。

恐る恐るかれを見上げると、再び距離をつめたシルヴァが先ほど出てきた集会所をゆび差しているのが窺えた。とっさに硬直して、スグリは耳のそばでまるで矢じりを向けられた小鹿みたいに跳ねあがる心臓の音を聞く。

―――、なんと、伝えればいいのだろう。

アザミになんと伝えてもらえば、スグリは楽になれるだろうか。かれのことを思うだけで胸がくるしくて、やさしくされるのが怖くて、それでも嬉しくて、かれのそばに居たいと思う。これを恋と呼ばずして、何と呼ぶというのだろう。

自分を攫ってきた男に、…それがかれなりの気づかいから来るそれであったとしても、しかも同性だっていうのに、恋をしている。知っていた事実を見つめ直して、スグリはシルヴァの顔が見れなくなった。このまま皆のいる集会場に駆け戻って、それでくるしい、といえば、少しは救われるのだろうか。アザミに、シルヴァに『好きだ』と伝えてくれるように頼んだら、スグリは楽になれるのだろうか。…そんなことは、決してない。

「…」

けれど、ふいに余すことなくこころのうちを言葉にして伝える手段を与えられてしまったいま、押さえきれなくなったこの思いを、このとどこおった気持ちをだれかにぶつけなければ、スグリのこころは収まらないだろう。…言葉が通じないのが、つらいと今ほど思ったことはなかった。自分で納得のいく言葉を選んでかれに、つたなくても自分で想いを伝えられたなら、こんなふうに感じることはなかった。…どうして優しくしてくれるんだ、と、この口から聞けたならば、よかった。

「シルヴァ、ごめん、俺、さっきのところに戻りたい」

伝わらないと分かっていながら、耐えきれなくてスグリはシルヴァにまくしたてる。案の定困った顔をしたシルヴァが、俯いて拳を震わせたまま話し出すスグリにそっと手を伸ばした。けれどかれの手の齎す熱はいまのスグリには熱した鉄のように熱いから、スグリは身体を傾げてその手から逃れる。

「ごめん。…やさしくしてくれて、ありがとう」

スグリはシルヴァに連れてこられた、男であるのだ。だからシルヴァの傍以外で、このムラにスグリの居場所なんてない。なのにスグリは自分からそれを投げ捨てなければならないという強迫観念に怯えた。…好きになってしまった。かれに抱いた感情は、いつのまにか恋になっていた。だからスグリは、なにもしらないシルヴァにやさしくされるのが、つらい。

「…好きになって、ごめん」

ぽつり、とスグリが呟くのと同時に、伝わらない想いのかわりに涙がひとつぶ、青い瞳から湧き上がって頬に零れて落ちた。





top main
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -