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「スグリ、なんであんたまで…!」
「まさか、カンナの身代わりに!?」

シルヴァがなにやら男たちに呼ばれて行ってしまうのをちょっと不安に思いながら、スグリは女たちの輪に加わった。もともと身体の弱く彼女らのなかに混ざって生きてきたスグリにとっては、だれも見知った顔ばかりである。

「うん、まあ、そんなところ。みんなは大丈夫?」

途端口を噤んでしまった女たちに、スグリはしまった、という顔になった。このムラの男たちがだれしもシルヴァのようでないことは、スグリも身を持って知っている。ぬくぬくと平和で穏やかな時間を過ごしているのはスグリくらいだろう。

「…わたしたち、ずっとここで暮らすのかな…」
「きっと、きっと助けがくるわ」

ぽつり、と生まれた沈黙に女性が零した言葉が、重苦しい空気をスグリたちに与えた。彼女たちが言葉少なく語るところを聞くに、あまり無体はされていないようですこし安心をする。妻とするために攫ってきたのだから、きっとぎこちなくもコミュニケーションを取ろうとしているのだろう。あたたかな外套に包まれた膝を抱え寄せながら、スグリは目を伏せた。

…シルヴァは、やさしい。とても。
けれど、かれもまた妻を求めてスグリたちのムラに攻め入ったひとりであるはずだ。スグリのせいで、それはかなわなかった。これでは全くもって何のためにスグリが連れてこられたのかわからないというものである。

たしかにあの局面では、仕方がなかった。シルヴァがスグリを連れていかなければ、きっと他の仲間たちがスグリの家まで迫っていただろう。シルヴァが強引にスグリの家族を探していたら、きっとスグリ自身は無事だった。だけれどそんなのは、もっといやだ。…シルヴァはやさしいから、スグリが男だとわかっていて、それを隠して身代わりに据えてくれたのだと、スグリ自身は思っている。

喉の奥が、甘く苦しい。いままでこんなふうに扱われたことはなかったから。シルヴァがたくさん、スグリの知らない世界をくれたから。かれの存在が、驚くほどあまくスグリの胸を震わせる。

「…こんばんは」

ふいにそう声をかけられて、スグリたちは一斉に身を竦めた。入口には新たな人影がひとつ。咄嗟に女性たちのまえに飛び出しながら、スグリはその影をじっと見上げた。

スグリの知る人間ではない。…このムラの女性なのだろうと思わせる衣服に、スグリは僅かに戸惑った。ならばなぜ、スグリたちの言葉を繰るのだろう?

その女性は初老といっていいくらいの年で、おそらくスグリの母が生きていたら同じくらいの年代だろうと思わせた。彼女は何もいえないでいるスグリたちの前まで歩み寄ると、少し離れて膝をつく。

「そう怖がらないで。…といっても、この五日、どれだけ怖かったことでしょう」

ふいにスグリの肩の力がほぐれた。顔を上げて彼女の顔を見て、そのあおいろの瞳を見て、スグリは頭のどこかで婚礼の晩の長老の言葉を思い出す。

『―――このムラも、スグリが生まれる少し前にな』

こんなふうに、攫われてきた女がいたという。…もし、その時の女性がまだ、このムラで暮らしていたとしたら?スグリが口を開くよりまえに、女たちがわっと彼女に駆け寄った。

「わたしたちどうなるの?」
「言葉もちっとも通じなくて、怖くて…」

ぽつんと取り残されてしまって、スグリはちょっとだけ苦笑いをする。不安はスグリ自身にはないのだから、彼女に話を聞くのは最後でいいやと思ってふたたび膝を抱え直した。窓のそとは真っ暗だ。この部屋の四隅に置かれた灯りが、不安定に揺れている。なんともなしにそれを眺めてスグリは僅かに目を伏せた。

言葉が通じない。それはとてももどかしいけれど、なんとなく怖い、と感じることはなかった。だってシルヴァは、スグリがわらったらわらいかえしてくれる。笑ったことを、うれしいと思ってくれる。かれが自分に対してやさしいことを、スグリはなんの躊躇いもなく信じ切ってしまっていた。

だから。

「スグリ」

ふいに低く優しい声で名前を呼ばれ、スグリはいきおいよく顔を上げる。部屋の入り口に立っていたのは長身の影で、さっと緊張が走り黙りこんだ室内と対照的にスグリはうれしそうに彼の名前を呼んでいた。

「シルヴァ!」

女たちが固唾を呑んで見守るなか、近づいてきたシルヴァはスグリのとなりに腰掛ける。ふいに女たちの輪を指差して、それから中心にいる先ほどの女性を指差した。喋った?とでもいうふうに首を傾げるから、スグリは首を振って応じる。軽く頷いて、そのままシルヴァはのんびりと窓の外を眺めていた。同じようにかれの視線を追っていると、今日の月がだいぶ細っているのに気付く。婚礼の晩、あの夜は満月だった。それを思い出して、すこしばかり感傷に浸った。

「す、スグリ、それは…?」
「えーと…、俺を連れてきた人なんだけど」

シルヴァの傍から離れようとしないスグリに、女たちのひとりが恐る恐る声を掛けてくる。なんとかれを紹介していいものか少し迷って、結局スグリはそんなふうに当たり障りのない返事をした。

「シルヴァ」

ふいにそして、となりのシルヴァに声が掛けられる。その声は例の女性が発したもので、スグリはすこし驚いた。かるく頭を下げたシルヴァの紅い髪がスグリのほおを擽る。

「…」

ふたりが、何事かをスグリには分からない言葉で話している。きょとんとしてその両方を代わる代わる見ていたら、女性のほうがおもむろにスグリに微笑んだ。びっくりして思わず背筋を伸ばす。

「何か不自由はない?」

スグリはますますきょとんとして、女性とシルヴァを見比べた。ちょっと不安そうな顔をしたシルヴァと、微笑む女性を見比べてそれからふいに表情を崩す。首を振った。やっぱり、シルヴァはやさしい。とても。ほんとうはこうして女性に頼んでシルヴァに伝えたいことが、たくさんあったはずなのに全部吹っ飛んでしまった。だから黙って笑ってみせる。

…きっと伝わってくれる、と思いながら。




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