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ダンドリオン



…シルヴァはスグリに甘過ぎる。

と、スグリはいつも思っている。身体が弱いせいかはたまた最初に連れてこられた時五日間も意識不明だったせいかはしらないが、かれはとにかくスグリを繊細な硝子細工かなにかのように扱った。重いものは持たせようとしないし、ちょっとこのムラに来たスグリのムラにくるのとは違う行商人を見物に行くのにだってついてくる。

しかもそこでスグリがきれいな硝子玉に見とれていたら、スグリがなにかいうよりさきにそれを購ってスグリにくれた。たしかに嬉しかったけれどそれはスグリにはあんまりに勿体なかったから、スグリは結局それをシルヴァのあのきれいで長い髪を結わえるのにつかう髪飾りにつくりかえてしまったのだけれど。なにやらこそこそとやっているスグリに不思議そうにしていたかれへ髪飾りを手渡したときのシルヴァの顔といったら、とちょっと微笑ましく思い出しながら、スグリはそっとシルヴァの髪飾りから視線を外す。

シルヴァはひまになると、よくスグリをこの花畑へと連れて来てくれた。大きな木の洞を抜けた先にある、秘密めいた場所である。いつもスグリを気遣ってゆっくりとした足取りでシルヴァが進むから、スグリもすっかりここへの道のりを覚えてしまった。きっとひとりでやってこい、と言われても、なんとか辿りつけるだろう。

「…シルヴァ」

どこか擽ったい笑いを含んだ声で、スグリはシルヴァに声をかける。大きな体をちいさくして一生懸命にシルヴァがやっているのは、小さな花の茎を結えてひとつにする作業だった。長く骨ばった指が小さな花を扱いかねてさっきから悪戦苦闘しているのを、スグリは手を出していいものか躊躇いながら眺めていたのである。

スグリはこの場所にくるといつも花冠を作ったり、籠を編んだりしてすごした。この花冠つくりは、となりでそれを眺めているか果物を集めているシルヴァが、躊躇いがちに花に手を伸ばしたのがきっかけである。見よう見まねで花冠を作ろうとしているらしいシルヴァにわかりやすいよう、スグリがとてもゆっくりしたスピードで花冠を作って、しばらく。ようやっとそれらしく紐状になる気配を見せた茎に内心でほっとため息をつきながら、スグリは先ほどからシルヴァが力の加減を間違えて千切ってしまった茎を自分のぶんに編み込む作業も終え、すっかり手持無沙汰である。

「スグリ」

ここが、とでもいうふうに、その鳶色のひとみがじっと一か所を見つめている。花の茎と茎を輪にして、その間にまた新たな茎を差し込む手順で手間取っているらしい。そっとかれの大きな手に手を添えて、かれにも見えるように輪のなかに茎を通してかるくそれを引っ張ると、弛みかけた花の帯がきゅっと引きしまってそれらしくなるのがわかる。

神妙な顔で頷いてみせたシルヴァが、ふたたび花冠に向き合って手先を不器用に動かし始めた。微笑ましい、と思いながらかれを見て、スグリは再びぼんやりする。

シルヴァがスグリに甘いのは、なにも今に始まったことではない。初めて出会ったあの山間の花園でもかれの優しさは十二分に感じ取れた。そしてかれがそばに置いて甘やかすのはスグリだけだということも、この奇妙な共同生活の上でわかってはきている。だけど、その理由だけはわかりそうになかった。

「シルヴァ」

またしてもややこしく花の束を絡ませたかれを手伝ってやりながら、スグリはかれの表情をそっと窺う。花冠と向き合うかれの目は真剣そのものだった。それを好ましいと思いながら、スグリは手早く自分が中途半端なところまでやっていた花冠をひとつ作り終えてしまう。それをぽん、とシルヴァのうつくしい真紅の髪に載せると照れ臭そうにシルヴァが笑った。

いまはもう、シルヴァのムラにいるスグリと同郷の女たちは花冠を編もうとはしない。頑なに攫ってきた男に心を開かないのもいたし、出来るだけ環境に順応しようとしているものもいる。どちらにせよ彼女らは忙しい一日を送っているから、ムラでのあのゆったりした日々のように花冠を作る暇などないのだろう。

「…あ、」

かろうじて輪の形になった花冠を、シルヴァがスグリの頭に載せてくれた。

ちょっと赤くなったシルヴァに、スグリは胸がいっぱいになる。一生懸命シルヴァが作ってくれたそれを、スグリにくれたことがうれしい。

「ありがとう、シルヴァ」

そうやって満面に笑みを浮かべれば、礼を言われていることがわかったらしいシルヴァが目を細めて頷く。スグリの焦げ茶の髪に収まった淡い色彩の花冠を見て、それから自分の頭に載ったスグリ作のをみて、ちょっと苦笑いになったけれど。

「スグリ」

花の香りがするてのひらがくしゃ、とスグリの焦げ茶の髪をかき混ぜる。硝子玉の髪飾りが澄んだ音を立てた。僅かに肩を窄めてくすぐったい顔をしたスグリを、シルヴァが低く優しく笑いながら抱き寄せる。その拍子にスグリが頭に載せた花冠から、ひらひらと花弁が落ちてきた。





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