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雅臣はすでに不在だった。下っ端の風紀委員を捕まえて資料のありかを聞けば、空きの会議室ひとつを使ってなんでも放りこんでいるらしい。あの風紀委員長のやりそうなことだ、と思いながら、悠里はその会議室へと足を運んでいた。

殺風景な部屋には長机がひとつと椅子が三つ。その上に乱雑に積み上げられたファイルの山と、剥き出しのプリントが数え切れないくらい。文字通り放りこんである、というのが正しいであろうこの資料の山を前に、悠里は暫し立ちつくしていた。

「…やるしかないか」

呟いて、椅子のひとつに座る。資料の分別と並べ替えだけで骨が折れそうだったけれど、ほかに出来ることもない。腹をくくってしまえば律儀で真面目な悠里には、誂えむきの仕事でもあった。虎次郎に纏わる資料、しづかの資料、それからハッカーだという宵の資料。どこから持ってきたんだかしらないが戸籍票のコピーから中学の内申書まである。雅臣の謎の情報収集能力にこれ以上ツッコミを入れてもなにも手ごたえがないとわかっていたから、取り合えずそれにざっと目を通した。

成績の項目には何も書かれていない。というか殆ど白紙に近い内申書だった。それでも進学出来ているあたり、親のコネとかいうやつだろうか。極道の私生児だというから、たぶんそのあたりだ。虎次郎の顔写真は今と違い金髪で、こちらに向けて中指を立てている。美形なだけに迫力があってちょっと悠里は表情を引き攣らせた。やっぱりやり合いたくない。さっきだって、リオンがいてくれなければいまごろ副会長や書記と同じ目に遭っていたに違いなかった。

感慨深くひとつ頷いて、悠里は一先ず資料を分類する作業に没頭した。チーム自体のもの、その成り立ちや今までの悪行、柊に壊滅させられるまで。それと、たぶん…というかほぼ確実に椋が書いたのだろう何だかよくわからない小説もあったけどそれはスルーをした。悠里の目は見なくてもよいものを見分けることに長けている。

「これくらいでよし」

ひとりごちて、息を吐く。目の前には書類の山がいくつか出来ていた。それらが先ほどと違って整然と見えるのは、内容別、日付順に並べ替えられているためである。自分の仕事に満足して、悠里は立ち上がって伸びをした。すでに一時間ほど時間が経過している。中に何枚も挟まっていた白紙のプリントや同じ内容の物を重ねておいてあるなかから、一枚を無造作に掴んだ。

きっちり半分に折って、開いて、また折る。それを何回か重ねると、紙切れは紙飛行機に変身した。ちいさいころはよく手慰みに折っていたものだ。まだあんな道に染まる前の妹は、悠里がよく飛ぶ紙飛行機を作ってやるととてもよろこんだ。

一つきりの窓のほうに寄る。空は青く高く、そして外は咽返るほど熱い。少しだけ窓を開けて思いっきり眉を顰めて、それでも悠里は窓を全開にした。風はあまりないせいで、肌に涼をもたらす風すら少しも感じられない。だけれど窓を開けると、それだけで見違えるくらい部屋が広く感じられるから不思議だ。

そして悠里は、部屋と外とを繋ぐ魔法を掛ける。手首のスナップをきかせて投じた真白の飛行機が、うちからそとへと飛んでいく。

それを見送れば、紙飛行機は風がないせいか少し飛んで植え込みの木に刺さって止まった。昔はもう少し飛ばせたような気がするんだけど。こころのなかで思いながら、悠里はもう一枚いらないプリントを手に取った。今度はさっきよりも翼を大きくする。風がないのなら、僅かでもそれを拾えるように翼は広い方がいい。

紙飛行機というものは、とても不思議だ。ただの紙切れ一枚のくせに、遥か彼方へなにか大切なものを運んでくれるような気さえする。

折っては投げ、折っては投げを繰り返して、しばらく。植え込みの木を越えられるようになり、その向こうへ届くようになったら、残りの作業よりも紙飛行機を作る方が楽しくなってしまった。悪いことをしている、という背徳感を抱きながら、悠里は白紙のプリントを折り続けている。

そうして作り上げた改良作を、悠里が振りかぶって窓の外に投げようとした、ちょうどその時だった。

「悠里さま、失礼します!」

なんて声と一緒に、後ろで扉が開く音がしたのは。

悠里がしまった、と思うより先に、存分に振り切った手指は紙飛行機を手放していた。今度は真っ直ぐに、青空へと紙飛行機が線を引く。背後で扉が閉まる音が、やけに大きく聞こえた。声でそこに誰かがいるかはわかっていたけれど、振り返ることは恐怖で出来なかった。悠里の演じる氷の生徒会長は、誰もいない部屋で紙飛行機を作って遊んだりはしない。足元に転がっている失敗作は、それが戯れではないことを証明してしまっている。

「あ、あの、その…」
「…リオン」

内心で大パニックを起こしながら、どうしようもなく悠里はゆっくりと振り返った。そこに居たのは、細うでに書類の束を抱えた麗しい少年だった。少年のその若草いろの瞳は、まだ窓のそとに釘付けになっている。悠里が放った紙飛行機は、どこまで遠く飛んだだろうか。

大きく深呼吸をして、それから悠里は、諦めて笑った。氷の生徒会長の仮面をつけ忘れた、やさしくやらかいばかりの、情けない笑顔で。

「…ヒミツな」
「…は、はい…!」

そっと言葉を吐き出せば、リオンは何度もこくこくと頷いた。それから机のうえに書類を置いて、勢いよく頭を下げて部屋から逃げるように駆け出してしまう。再び扉が閉まるのを待って、悠里はしゃがみこんで頭を抱えた。

みられた。

――――よりによって。

よりによって、リオンに。自分のことを、『氷の生徒会長』を慕ってやまないあの少年に、紙飛行機なんて飛ばしているところを見られてしまった。しかも仕事をしている最中のことである。『氷の生徒会長』としてあるまじき失態だった。

秋月ならばまだよかった。他の生徒でも、まだ何とか誤魔化せた。…なのに。何でよりによってリオンだったんだろう。なんで誰よりも『氷の生徒会長』を健気に慕う、あのいじらしい少年に見られてしまったんだろう。後悔しても、遅かった。リオンのことだから、きっとあれを口外したりはしないはずだ。でも。

―――幻滅、しただろうな。
演じなければならない役目すら演じられない自分が情けなくて仕方がない。とりあえず柊に件名:どうしようだけの空メールを送りつけてから、悠里はのろのろと椅子に座ってリオンが持ってきた資料に手を伸ばす。きちんと項目別に並び変えられ丁寧な字で書かれた付箋のついた紙の束に、リオンに申し訳なさ過ぎてちょっと泣きそうになった。





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