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専制モラリズム



ふいに僕が目を覚ますと、ブラインドのむこうから朝日が差し込んできているところだった。また新聞部の部室で朝を迎えてしまったらしい。新聞部は激務だった。朝の新聞は毎朝五百部近く売れる。一部は僅かばかりの金額だけれどちりも積もれば山、ということで、新聞部はとても裕福な部活なのだった。それを惜しむことなく使って機材を買い、情報を買う。僕が部長になってからというもの、ちょっとヤバいところまで手を出しているせいでますます売れ行きは伸びていた。

印刷を掛けなければならない原稿を、下敷きにしていた頭の下から引っ張り出す。
今日の一面は雅臣さんだ。風紀委員の定例会議に密着取材をした模様が、かれのワイルドな魅力を全面に押し出す感じで書いてある。

兄さんの恋のライバルでもあり貴重な萌えの発信源でもある雅臣さんは、僕にとっても目を離せない。悠里さん一筋でいるかれの姿勢は好ましいものだ。会計なんか毎回相手が変わるからこっちも大変だもんね。

「兄さんも頑張れ…」

ふっと呟いて、原稿をコピー機にかける。あんなに悠里さんといい感じなくせに兄さんはみょうに硬派だから、新聞を賑わせるようなことは殆どない。この学園だと悠里さんは抱きたい、より抱かれたい人気のほうが遥かに高いからそんな悠里さんと兄さんがなかなか結び付かないっていうのもあるけれど。

「部長!お疲れ様です!」
「お疲れ様。印刷かけたから、あとよろしくね」

朝一番に部室にやってくる後輩(爽やか攻め属性)にあとを任せて、顔を洗ってから僕は朝食を食べに食堂へと向かった。道の途中で朝からいちゃいちゃしている三年生がいたのでさっとカメラで撮影しておく。この学園にはどこもかしこも萌えが転がっているから困りものだ。いいやウソもっとやってください。

「お、柊ちゃん…の、弟か」
「雅臣さん、おはようございます。先日は取材ありがとうございました!」

眠そうにあくびをしながら食堂まえに立っていたのは雅臣さんだった。頭を下げて寝癖のついた頭のまんまの雅臣さんを見上げる。頷いて僕の頭をぽんぽんと叩き、雅臣さんはどうやら和食か洋食かで悩んでいるようだった。ちょっと意外。電子メモ帳を出してすかさずメモっておきながら、このギャップ萌えのイケメンを窺い見る。あわよくば何かスキャンダルがほしかった。…この人から悠里さん絡みじゃないスキャンダルが出てくることは、ものすごく滅多になさそうだけど。チャラい見た目のくせに一途なせいで雅臣さんは新聞部でも人気がたかい。

「そういや」
「はい?」
「向こうのほうで柊ちゃんが親衛隊とバトってたぞ。見てくれば?」

…雅臣さんは新聞部に餌を撒くのがものすごく巧い、というのも僕らの間では衆知の事実でもあった。ひとつ礼をして駆け出しながら、僕は相変わらずネタとスキャンダルに事欠かない親愛なる兄を探す。…まあ人だかりが出来てたから、すぐに見つかったけど。

「あ、椋くん」

とりあえず物影からその人だかりの様子を窺っていたら、おもむろに声を掛けられた。やさしいばかりのその声にはとっても聞き覚えがあって、思わず僕は飛び上がる。

「ゆっ、悠里さん!」

おはよう、と言ってそりゃあもう普段のかれを見慣れている僕からすれば鼻血ものの衒わない笑顔を振りまいてくれた悠里さんもまた、物影からあの騒ぎを窺っているらしかった。いっしょになって再びそっちを見ると、リオンの顔がちらっと見えたからどうやら悠里さんの親衛隊と衝突しているらしいとしれる。取り合えず親衛隊にとって兄さんの存在はかなり微妙だった。だってほら、自分の好きなひとが好きなひとであるくせに、本人はといえばそれから逃げ回っているわけであるし。

「柊からメールきたから来てみたんだけどさ、どういうこと」
「僕もさっき雅臣さんから教えられて…、どうしたんでしょう」

取り合えず行ってみるな、と、悠里さんが躊躇わず人だかりのほうへ歩いていく。すかさず被った氷の生徒会長の仮面にまた鼻血が出そうになった。いつもあんなにやさしいくせに、その細められた切れ長の、感情の無い瞳もそれはそれで魅力的である。あの官能的だと生徒を騒がせる少し厚めの唇をうすい笑みに彩らせながら、悠里さんが付いておいで、っていうみたいにして僕のほうを振り返った。

ちょっとその色気にくらっとしながらカメラ片手にかれを追えば、途端にモーセのように人だかりが開く。そのまんなかをゆうゆうと歩いていく悠里さんの背中のむこうに、リオンと兄さんの姿が見えた。

「あっ、ゆ、悠里さま!」
「はよ、悠里」

途端にばっと纏う雰囲気を乙女チックなものに変えたリオンが頬を染める。片手を上げてかるく悠里さんに挨拶をした兄さんが、その後ろの僕を見て露骨にいやな顔をした。とりあえず写真に納めておく。

「どうかしたのか」
「何か絡まれた。購買きょうは臨時休業らしいぞ」
「悠里さま、違うんです、その」

たしか悠里さんの美味しい手料理(何度かご相伴にあずかった)の材料は親衛隊が届けているんだったっけ、と思い出して、僕は漠然と状況を理解した。どうせまた悠里さんのところで朝ごはんを済ませる予定だったのだろう兄さんが空気読めないことをいったんだろう。

リオンはほんとうに見ていて飽きない。悠里さんに「朝飯食っていくか」と誘ってもらったにも関わらず動揺しすぎて逃げてきたときなんかは宥めるのにとても苦労した。ちなみにリオンと僕は同じクラスなので、けっこう仲がいい。

「…なら、食堂に行く」
「申し訳ありません、ご連絡が遅くなって…!」
「気にするな。…リオンも来るか?」

今日の朝飯なんだろうな、といって悠里さんの背に続いた兄さんとかれのツーショットを写真に納めてから、僕はぽんぽんと悠里さんに頭を撫でられて硬直しているリオンのほうをみる。…たっぷり十秒おいてから耳の先まで真っ赤になった混乱しているリオンに飛びつかれて首を絞められた僕は半死半生だった。










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