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シルヴァのそばに腰掛けて、スグリは見よう見まねでかれがしたようにその果実に歯を立ててみた。しゃり、と音がして、甘さと酸味が混ざった味が口のなかに広がる。瑞々しい果実がスグリの咽喉を滑り下りたのを見て、シルヴァが目を細める。偉い、というふうに頭を撫でられて、スグリは擽ったく首を竦めた。

「おいしい…」

ぽつりとスグリが呟いた言葉は、シルヴァにはきっとわからなかっただろう。けれど夢中になってその果実を頬張るスグリを見て、きっとさっきスグリにかれの言わんとするところが伝わったように、分かってくれたに違いない。かれは嬉しそうに目を細めて、スグリを見守ってくれていた。

「シルヴァ」

ひとつ大ぶりの果実を食べてしまってから、スグリは集めるだけ集めた花や蔦を見て、さてこれをどうやって持って帰ろうかと思案にくれた。シルヴァは先ほどからあの紅い果実のほかにもなにやら房になった果実やら、黄色をしたちいさな実なんかを取ってきてはスグリに手渡し、自分でも食べている。そのせいですっかりスグリは満腹になっていた。どれも甘いけれど酸味もあっておいしい。

「…」

結局、スグリはこの場で簡単に籠を編むことにした。入れる果実はどれも大きいから目を粗くしても多分大丈夫だろう。さきほどシルヴァがくれた甘味のつよい桃色の果実を食べながら、スグリは慣れた手つきで籠を編んでいく。果物を食べるのをやめて弓の手入れをしていたシルヴァが興味深そうにスグリの手もとを覗きこんだ。指先が複雑に蔦を引き、結え、そして伸ばし広げていく。細かい模様を入れると時間がかかってしまうから、ごくごくシンプルなものを作ることにして、大まかな形を取っていった。

スグリの籠を編む腕は、ムラ一番といわれていた。かれはむかしから、どんなに大きなものも小さなものも、用途別に作り上げてみせた。細かい模様を入れるのは姉のカンナの得意だったけど、普段使いの籠なら丈夫さでも軽さでもスグリのほうが上手である。ふいに、そんなスグリが籠を編みあげるたびに、売る仲介をしてくれていたクサギがいつも褒めてくれたことを思い出した。…姉婿は、元気だろうか。あの襲撃のとき、無茶をして怪我などしていないといいのだけれど。

「スグリ?」

考えていたら、思わず手が止まっていたらしい。唐突に編むのをやめたスグリを見かねて、シルヴァが気遣わしげに声を掛けた。笑って首をふってから、その端正な横顔にそっと目を向ける。弓にあたらしい滑り止めを巻いているらしい彼の手つきも、スグリが籠を編むのと同じように慣れたものだった。やはりかれと自分では、生きてきた世界が違う。そんなこと分かり切っていたはずなのに、こんなふうなふいの沈黙にそれをひどく鮮明に感じた。

奇蹟のようだと思う。シルヴァと出会って、こうして隣に座ってこのうつくしい泉のそばでのんびり籠を編んでいるなんてことは、まさしく奇蹟だ。そうでなければ、まず一生出会うことなど無かっただろう相手である。

あの花畑で、目が合わなければ。差し出した手を取らなければ。とっさにあの花を、差し出していなければ。きっとこんなふうに肩が触れ合うほどちかくにかれを感じることは、なかった。スグリにはそれがとても、とても尊い奇蹟のように感じられる。

「…シルヴァ」

かれが教えてくれた名を、スグリは唇に乗せた。胸が打ち震える。やさしさに触れ、こころを通じて、そしてスグリは、それがたまらなくうれしい。

「スグリ」

見つめられていたことに気付いたシルヴァが、照れたように表情を笑み崩した。弓になにかのなめし革を巻くのをやめて、止まったままのスグリの手元を覗きこむ。すでに籠のかたちになっているそれは、あとは丈夫になるように補強するだけで完成だ。

「…スグリ?」

かれの大きな掌が、そうっと籠を持ったままのスグリの手を包みこんで撫でた。あたたかい熱が、スグリのこころにすっと沁み込んでくる。ふいに顔を伏せ、スグリは胸を浸す得体のしれない感覚に戸惑った。かれに触れられることは、いやではない。その熱が好ましいと思う。けれどなにか、胸の奥の奥がちりちりと焼け焦げている。

「スグリ…」

かれが連れてきたこの秘密の場所は、とてもきれいだ。スグリのしらないことが、きっとまだまだ隠されている。けれどそれを知ってしまったら。これ以上、かれに世界を与えられたら。きっとスグリは、もうあの生まれ育ったあのムラに戻れなくなる。それは確信を含んだ予感だった。かれのくれた未知は、スグリが過ごしてきた『当たり前』の質量を凌駕しつつある。

口を噤んで下向いたままのスグリを、シルヴァがそっと覗きこむ。その手に肩を掴まれ吐息が頬にかかるくらいに顔を寄せられて、わずかにスグリはたじろいだ。

さらりとかれの紅の髪が肩を滑る。それを見るでもなしに目で追って、スグリは睫毛を伏せた。かれのそばで。ずっと。きっとそれは、とても場違いな願いだ。スグリたちのムラの人間は、強引にあの山の上のムラに連れ去られてきたのである。

スグリの沈黙をどう解釈したのか、シルヴァはその長くしなやかな腕でスグリの背中を抱き寄せた。それから肩口に埋めたスグリの頭をくしゃくしゃと優しく掻き混ぜる。あやすように背中を揺らされて、スグリはかれの腕のなかの居心地のよさに少し酔った。

「シルヴァ」

どうして、優しくしてくれる?聞きたくても聞けない疑問ばかりが膨れ上がって、スグリはいっぱいいっぱいだった。ぎゅ、とシルヴァのせなかに抱きついて、その肩に額を押しつける。編みかけの籠が、膝を零れて花畑に跳ねた。




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