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15



「よー、悠里。どう?」
「秋月。…どうもなにも、見ての通りだ」

再び楽しそうに不良たちを殴ったり蹴ったり掴んで引きずりまわしたり挟んだり落としたりしている柊をぼんやり眺めていた悠里に、ふいに声がかけられた。腰掛けていた非常階段のとなりに腰を下ろしたのは、道着姿の秋月である。長身であるからとてもさまになっていた。

「倉庫棟が取られたんでしょ?リオンからメールが来てた」
「ああ。次は用具棟らしくてな、柊が牽制してる」
「見た見た!すげーな、メチャ強じゃん」

悠里のなかでこの学校でふつうの男子高校生っぽい人間ランキング上位である秋月との会話に、すこし悠里は安心感を覚えた。たしかかれは家の意向でこの学園に入れられたんだったな、と思い出すとそれにも納得できる。柊がひとりの頭に手を乗せ、そのまま鞍馬の要領で数人を蹴り飛ばすところを見ながら思わずほうっと息を吐いた。

「さっき弓道場にもお客さんが来てな。練習の邪魔だからお引き取りいただいたけど、今日のところは練習も中止だ」
「…そっちはお前がいるから何とかなるだろうと雅臣が言っていたが、見込み通りだったな」

こいつも強いのか…とちょっと生ぬるい気持ちになりながら、悠里は鷹揚に頷いて応じた。秋月はきらきらした目で柊の方を見ている。多分悠里とは見ているポイントが違うのだろう、今の蹴りの角度やべーな!とか言われても悠里にはさっぱりだった。

「困ったなーと思ってさ。倉庫棟には俺秘蔵のエロ本ケースがだな」
「…そうか、雅臣に奪還したらお前のところへ持っていくよう伝えておく」
「何その羞恥プレイ!悠里ヒドい!」

そうこうしているあいだに、不良のひとりに柊が腕を掴まれた。僅かに眉を寄せて、『うぜえ』というふうな顔をした柊がすぐさまその男の顎を蹴り上げる。取り合えずは加勢を秋月に頼むまでもなく圧勝であることは明らかだった。やっぱり柊すごい、と思いながら、悠里は肌に絡みつくような暑さを齎す太陽を見上げる。

「悠里さあ」
「なんだ」
「よく笑うようになったな」

悠里がそれに応えるのに、すこし沈黙が必要だった。秋月は悠里のマニュアルの存在をしらない。悠里のことを、氷の生徒会長だと思っているひとりだ。…そうである、はずだ。そう思ってしまわないと、容易に返事はできなかった。

「…そうか?」
「柊といるときだけじゃなくて。…いつも、さ」

一つ年上の男は、そういって目を細めて笑う。その顔は純粋にそれを喜んでいるようだったから、悠里はそれになにかいうことが出来なくなってしまった。…よく笑うようになった。きっとそれは事実だろう。柊と出会い、そして椋や雅臣に素のことを知られてから、悠里の仮面はぐらぐらと揺らいでいる。その隙間から、ほんとうは出したい笑顔が溢れ出てしまっていても、不思議ではない。

「何かきっかけみたいのがあったんだろ?よかったな、と思ってたんだ」
「…」
「なんか。悠里、笑うの下手なのかなと思ってたから。そんなことねーんじゃん」

な。笑って秋月が背中を叩いた。軽く噎せる。そのままそれ以上秋月はなにも言わず、そこらへんの不良を殲滅したらしい柊がふたりのいる非常階段に上がってくるのを待った。ボッコボコにされた不良の方々はやってきた風紀委員に回収されている。あとは人質の交換に使うなりなんなり自由にやるだろう。悠里の知ったことではない。

「秋月じゃん。弓道場は?」
「無事無事。問題なーし。しかし、柊強いな!強いっていうより、巧い?」
「褒めても何も出ねーぞ」
「じゃあ俺秘蔵のナース物のAVでも」
「いらねえ!」

雅臣が指示を出しているのは恐らく、これ以上敵の陣地を増やさないための見回りなのだろう。ひっきりなしに巡回にやってくる風紀委員たちを見下ろしながら、暫し悠里は思案に暮れた。

やるべきことは山ほどある。なにせ、頼みの綱の生徒会は二人もやられてしまったのだ。怪我が大したことなかったといっても悠里にはふたりを再び見回りやらにやらせるつもりはない。さっくりと片が付くと思ったらそんなこともぜんぜんなかった。悠里は困り切っている。これほどまでに自分が非力であることをつらく思ったことは、なかった。

「少し抜ける」

何か出来ることはないだろうか。そう考えて、悠里はひとつ思い至るところがあって立ち上がった。おう後でな、と鷹揚に手を振った秋月と違い不安そうな顔をした柊にかるく頷いてみせてから、悠里はゆっくりと非常階段を下る。いま、かれに出来ることはといえば、雅臣が乱雑に集めては散らかしている相手の情報をしっかり読みこんでおくことくらいだ。だから悠里は、資料を探そう、と思った。

「何かあったらメールするから」
「ああ、わかった」

それでもまだ不安げな柊の声が追従する。秋月の手前送っていく、とも言えないのだろうもどかしさが滲み出ていて、悠里は背中を向けたままひらりと手を振って笑みを零した。柊はやさしい。とても。…けれど、そのやさしさに守られているだけではいけないのだ。この学園のいまの責任者は、紛れもなく生徒会長である悠里なのだから。



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