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用具棟のそばにはすぐにそれと分かるあやしい人影が何個もあった。どうやら五人ひと組で徒党を組んで隙を窺っているらしい、と柊がいう。風紀委員たちもぴりぴりしているみたいで、悠里と柊を見て僅かに相好を崩していた。人手が圧倒的に足りないのだという。

それも当然だろうか。基地を設けられた今、攻めるのと守るのではどっちが簡単かは想像に易しい。柊いわく、倉庫棟の守りはとても固いときていた。

「悠里、お前は俺の後ろでふんぞり返ってりゃいいから」
「…そんなこと言ってもだな、俺は足手まといにしかなれないぞ」
「んなこたないって」

かるく手首を振って拳を固めながら、柊はそんなことをいって笑う。風紀委員たちには悠里が既に散開を命じているから、相手のチームの不良たちも何か動きがあることは感づいているようだ。どこか殺伐とした空気が悠里の肌に容赦なく突き刺さる。

「先手必勝、ちゃんと見とけよ!」
「何でお前そんなにテンション高いんだよ…」

地面を軽く蹴って、柊が駆け出す。慌ててそれを追いながら、悠里は余裕たっぷりの生徒会長の顔をするのに酷く苦心をした。柊が喧嘩をしているところを見るのは楽しみで、悠里はちょっとそれをこころまちにしていた節がある。だけれどこんな急にそのチャンスがやってくるとは思ってもみなかった。こちらに気付いた相手の五人組がにやにや笑いながら柊に殺到する。

「悠里さんに、いいとこ見せたいんですよ」

ひょい、とすぐ右側の木陰から顔を覗かせたのはかれの双子の弟だった。カメラを構えている。えっと思って凝視すると凄まじい速さでシャッターを切っていた。なんなんだろう、このバイタリティは。思いながらなんとなくその被写体のほうを向けば、柊が軸足を右に取ったのが見てとれた。

「…うっわ」

柊の胸倉をつかもうとした不良Aの横っ面に、ものすごい勢いで振り抜きの蹴りが決まる。不良Aはそのまま壁にシュートされていた。痛そうだ。かなり痛そうだ。悠里は椋が興奮気味にシャッターを押しているのを横目に(ある意味戦場カメラマンなのかもしれない)、それでも続けざまに左右から柊の身体を押さえこもうとしたBとCが勢いよくぶっとぶのを思わず食い入るように見つめている。

どういう仕組みで人が飛ぶのか、ちょっと悠里にはわからなかった。柊がひどく楽しそうな顔をしているのでなんとなくつられて笑ってしまう。どこか唖然とした笑みだったけれど。続けざまに拳をするりとかわしてその顔面を掴んだ柊が、勢いよくそれを地面にたたきつけた。うわ。痛そう。思わず口に出してしまってから慌てて口を噤む。誰かに聞かれたら色々問題だった。

「…あれ?」

伸びているのは四人。こいつらは五人組のはずだ。ひとり足りない。思って身体を強張らせれば、柊の背後に角材を構えた男が立っているのが見てとれた。その男は躊躇いなくそれを振り抜き、柊の脇腹を掬おうとする。咄嗟に彼の名前を叫んだ。

「柊ッ!!」

その時だった。かれの唇がゆるやかな弧を描く。紛れもない笑みがそこにあった。息が止まる。あんなふうな柊の笑みを、悠里は見たことがなかった。かれの表情はいつもどおりとてもきれいで、…だけれど普段のそれとは訳が違う。悠里はその表情を、本能のままに身体を動かす柊を、ただ、美しい、と思った。

轟!と響いたのは、角材が空気を舐める音だろうか。カメラのシャッター音がみょうに鮮明に聞こえる。息をするのも忘れて眼前の光景に見入る悠里のまえで、柊はゆっくりとその笑みを色濃いものにした。かれの表情だけが、悠里の網膜に突き刺さる。

かれの手が凶暴なほどの速さで振り抜かれた角材を捉え。

例えば勢いを殺すためにそれを掴むわけでもなく。

ただただその角材に触れた腕を軸に。

柊は、跳んだ。

「…あとで写真代取るからな」
「なんならインタビューもお願いしたいんだけどね、兄さん」

空中で身体を捻って、すらりと長い両足が音もなく振り抜かれた角材のむこうで着地をする。そのままごつりと重い音を響かせた裏拳をその不良に沈めると、柊はなんてことはない、というふうな顔をして悠里と椋のほうを振り返った。
もちろんそこにはさきほど悠里を戦慄させたあの笑みはない。いつものかれの、明るい笑顔があるだけだ。呆けてかれを見つめていた悠里に柊が寄ってきて、こつん、と額をつつかれる。もちろん痛みなど感じさせない力で。先ほどまで人ひとりを一撃でのしていたとは思えないきれいな長い指が、それからぴんっと悠里のかたちのよい鼻を弾いた。

「なんて顔してんだよ。見とれた?」
「み、見とれた…」

ぶっと噴き出した柊が咳き込む。やれやれ、と言いたげに額を押さえた椋が柊と似ているのにどこかが決定的に違う甘いマスクをゆがませて、ちょっと笑って兄を見た。

「喧嘩してる時の兄さんはめちゃくちゃ良い顔だもんね。不良チームが惚れこむのも無理はないよ。明日の新聞は売れるな!」

ひとりで興奮して、椋はさっさとカメラを抱えて走っていってしまった。動揺して耳の先が赤い柊が茫然としたままの悠里を見て、どうしようもなくぐしゃぐしゃ頭を掻き回す。とりあえず呆けたその面をどうにかしろ氷の生徒会長、と言ってやらなくては、続けて牽制攻撃をすることもできそうになかった。





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