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「悠里!無事か」

人払いのされた部屋には柊がひとりでいた。駆け寄ってきたかれに大丈夫、と笑いかけてから、悠里は仰のいて額を押さえる。雅臣が鍵を閉めたのと同時に、悠里の氷の仮面が外れたせいだった。

「…まさか初日でこんなに被害が出るとはな」

頬を染めたっきり動かなかったリオンに部屋に戻るように伝えたら、渋るかれに親衛隊を動かす許可を与える羽目になってしまった。たぶんそれでよかったのだろうけれど、悠里からすれば申し訳ない気持ちで一杯である。…悠里のほんとうは、氷の生徒会長ではないのだから。偽りの存在のために一生懸命になってもらうほど罪悪感を煽ることもなかった。

「倉庫棟が取られた。…あそこを拠点にするってのは見込んでたんだが、あれだけ簡単にやられるなんざ思ってなかった」

副会長も書記も怪我は酷くはないけれど、そのかわりかれらがそれとなく見まわることになっていた、雑多なものを置く場所になっている倉庫棟を敵のチームに占拠されてしまったのだという。そしてかれらは生徒会の証であるバッチを奪われた。挑発をしているのは明らかである。

「お前を襲ったのは誰だったんだ?」
「リーダーの虎次郎。とりあえずリオンがいなきゃ病院行きだったな」

平然とそんなこと言うなよ危なっかしい。訊いた柊が頬を膨らませて、それでどかりと座った椅子で深くため息をつく。かれのそのきれいな顔は、隠しようもないワクワクに彩られていた。

「俺のとこには宵からメッセージだけが来た。…『俺たちとお前が組めば、この学園を支配するのだってメじゃないぜ』だってよ」
「…あいつらはテロリストかなにかなのか…」

柊は隣に座った悠里の背中をぽんぽんと叩いてやってから、渋面をした雅臣を見上げて首を傾げた。あいつどうしたの?という目をした柊に、悠里が短く解説をしてやる。

「風紀面じゃこの学校の責任者はあいつだからな。ここまで簡単に倉庫棟取られたんじゃ面目丸つぶれだっていう話」
「聞こえてんぞ、悠里」

苦笑いを混ぜた雅臣が、二人のまえのソファに腰を下ろした。机の上には資料ばかりが溜まっていく。悠里が僅かに身を乗り出してそれを覗き込む間、みょうな沈黙が臨時会議室を支配していた。

「…広域指定暴力団って書いてる気がするんだけど」
「私生児だから直接関係はねえんだが、漁ってたら出てきた。居るとこには居るってこった」

それはチームのリーダーである虎次郎に関する資料の一部で、悠里は先ほど相対したかれの顔を思い出して眉を寄せる。刻まれていたのは悠里でも知っている程度には有名なやくざの名前で、少しだけ寒気がした。身近にそんな雲の上の存在が現れるとは、思ってもみなかったからだ。

「ココは一応名門校だからな。こんなことは表沙汰には出来ねえ。よりによってそんな奴が入り混んだなんてな。うまくやるにしても、初日からこのざまだ」

そう言って長く息を吐いた雅臣の表情に、僅かに柊が顔を曇らせる。それらを見ながら、悠里は行き場なく資料から目を逸らして黙りこんだ。どちらにせよ悠里に出来ることは、かれらのまえで泰然としていることだけなのだから。

「漁ったらって…、お前、ヤクザの情報漁ったら出てくんのかよ」
「こっちの情報だって探られてるって。まあ、悠里も俺もろくな情報が出て来ねえからな。情報戦に関しては相手も焦ってはいるはずだ」

けれど柊の口を飛び出したのはそんな台詞だった。もういい加減雅臣の謎のスキルについてはツッコミを放棄している悠里は意に介した様子もないけれど、やっぱり柊には突っ込まずにはいられなかったらしい。

「うちの親衛隊もなんか、動くとか言ってた」

ぼそり、と悠里が吐き出した言葉に柊と雅臣が振り返る。げんなりした柊と違い、雅臣はまだ真面目な顔のままだった。こんなにまともそうな雅臣の顔を見るのは初めてかもしれない、と不名誉この上ないことをこっそり考えながら悠里がリオンの言葉を付け足す。

「悠里さまの学園で好き勝手はさせません!っていってたけど…」
「アイツにだけは負けられねえんだよな…」

言いながら、ぐしゃぐしゃと雅臣が髪を掻き混ぜる。首を傾げた悠里に少しためらってから、不承不承といったふうに付け足した。

「親同士がいろいろあんだよ。これでますますこれ以上あいつらに好き勝手やらすわけにはいかなくなったな」
「こっちだってそうだ。…こっちにきてからずっとまともに喧嘩してなかったしな」

純粋に楽しそうな柊をひどく生ぬるい目で見ながら、悠里は少しためらってからかれに尋ねた。副会長と書記は大丈夫なのか?ときけば、僅かな笑いすら含んで柊が応じる。

「二三発殴られただけで、あとは気功やられて気を失っただけだ。ピンピンしてる」

気功とか高校生の喧嘩に登場する単語じゃないぞ、と思いながら、悠里は諦めて引きさがった。ふたりは悠里にとっては生徒会の近しい仲間なわけで、それとなく心配していたのである。ほっとした表情をした悠里に、柊がくすぐったそうに笑みを見せた。

「…で、これからどうすんだ?」
「穴を空けられてウチも動揺してる。他にどこかを取られたらマズいから、暫くは防戦だな」

地図の上に示された倉庫棟にはマーカーペンで罰印がつけられていた。傍にあるのは部活などでつかう用具をおいてある棟と、それから弓道場である。そばに秋月の名前が記されているのをみて、ふたたび悠里は生ぬるい気分になった。やっぱりあいつも強いんだろうか、とでも言いたげである。巨乳好きのくせに。悠里にそういった類の本を勧めようとしてリオンに思いっきり足を踏まれていたのを思い出した。

「じゃ、俺たちは用具棟の見回りでも行ってくるわ」
「…おう」
「……え、ちょっと待て柊、俺たちってなに」

雅臣の優位に立ててものすごく嬉しそうな柊と、地図とにらめっこをしながら真面目な顔の雅臣。間にいる悠里は一瞬遅れてから、信じられないものを見る目で柊を見た。かれのきれいな顔は、わけもなく悠里のことをどん底へ引きずり落とすみたいな台詞を吐き出す。

「俺とお前に決まってんだろ、氷の生徒会長」

自分から足手まとい連れてくなんてどういうつもりだ!と叫んだ後に、悠里が自分で自分を情けなく思ったのはいうまでもない。





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