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「お前がここのトップだな?」

とん、と軽やかな着地音がして、悠里は後ろを振り返る。それに先駆けてますますリオンの不穏なオーラがつよくなった。どうやら食堂棟の屋根から飛び降りたらしい男が、にっと笑ってそこに立っているのが見える。悠里は内心でちょっとビクビクしながら、ゆっくりと身体ごとうしろを向いた。リオンの細い腕が、悠里を守るように伸びている。

ざわざわと中庭のそとがざわめき出すのがわかった。けれどさすがにこの中庭に入ってこようという勇者はいない。朝一でイベントかよ、と悠里ががっくり項垂れたくなっていることも知らず、そこに立っているのは。

…虎次郎くんだよなあ、これ。
昨日写真で見た、チームのボスに相違ない。朝のひかりを照り返す人工色の銀色がきらめかしい。こちらは自前のプラチナブロンドをしたリオンが、ゆっくりとかれに歩を進めるのを、悠里は止めていいものかいけないのか、すこし迷った。

写真で見るよりもずっと迫力がある。背はやはり悠里よりも高く、すらりと伸びた手足にはきれいに筋肉がついているのが素人目でもわかった。深い藍色をした瞳がふたつ、好戦的に細められてこちらをぎらぎら見つめている。ちょっと後ずさりたくなりながらそれも出来ないので、とりあえず悠里は自分の役目に徹することにした。

「ようこそ帝豊学園へ。トラ、と呼べばいいんだったか?」

とりあえず氷の生徒会長の余裕たっぷりで微笑めば、ますます虎次郎の瞳が好戦的になった。逆効果だったかもしれない。でもリオンには受けたようだ。一瞬だけあのうすら寒い気配が途切れて、リオンが恋する乙女の瞳をする。

「…フン。面白い喧嘩になりそうだな」

同時に距離を感じさせない早さで、花壇を蹴って虎次郎が弾丸のように飛び出してきた。悠里に見えたのはそれだけである。ここに柊がいたならば、リオンより少し前で足を止めた虎次郎が右足を軸にハイキックを悠里の顎に叩き込もうとしたところがしっかりと分かったに違いない。だけれど悠里に、一般人以上の動体視力など備わっているはずもなく。感じたのはただ頬を撫でる風。そして、するりと滑り込んできた、金の髪が揺れるところ。

「…汚い靴底をこの方に向けるな」

…悠里が後方のバラの生け垣にぶっとばされることは、ついぞなかった。澄んでいるのにぞっとするような声音でもってそう囁いたリオンのその、重いものなど持ったことがありませんというような白くきれいな掌が、ばしん!と高らかな音を立てて虎次郎の足首を受けとめていたからだ。

「キレーなお人形かと思えば、そうでもねえんだな」
「退け、下衆が」

頭ひとつサイズの違う虎次郎が、緩慢に目を細めてリオンを見下ろしている。それを悠里の演技のそれなんかよりもずっと絶対零度の双眸でねめつけたリオンが、かれの桜いろの唇にはあまりにも似つかわしくない言葉を吐き出した。

うわああ、と座り込みたくなりながらそんなことは出来ないので、悠里はとりあえず睨み合っているリオンと虎次郎の間に割って入るように手を伸ばす。リオンの、その対して力の入っているように見えない手の甲に掌を重ねた。そして意識して精一杯凄みを出した低音で、

「随分なご挨拶だな?」

なーんてせせら笑いながら言ってみる。悠里さま、と呟いてぽっと頬を染めたリオンが無造作に虎次郎の足首を払い落せば、かれはすぐさま数歩分の距離を取った。

「はん、ちょっとしたゴアイサツだっての」

どうやら一般生徒の通報で駆け付けたらしい風紀委員たちが中庭に踏み込んでくる。とほぼ同時に、虎次郎は壁を蹴って木の幹に昇り、瞬く間に屋根の向こうに消えていってしまった。どんな運動神経だ、とげんなりしながら、悠里は掴んだままだったリオンのてのひらを見てはっとする。

「…怪我はないか?」
「あ、っだ、大丈夫です!」

そうか、よかった。そう呟くのは口の中に留めて、悠里は髪を掻き上げて嘆息した。初日からまったくイベントが盛りだくさん過ぎる。

顔を真っ赤にして悠里に握られた掌を見つめているリオンは取り合えず置いておいて、悠里は風紀委員がなにやら調べているのの後ろから歩いてきた雅臣のほうに寄った。人目があるのでいつもどおりの氷の表情で、雅臣のものすごくゆるく締められたタイを掴んで引く。

「虎次郎。…なんかよくわからんけど、リオンが追っ払ってくれた」
「朝一でトップが生徒会長狙ってくるとはな。…小手調べだろうが」

雅臣の耳朶に耳打ちすれば、かれはめずらしく渋面をした表情でもってそんなことを言った。一先ず情報交換はそれだけにして、悠里はさっさと雅臣のタイを離す。どうせ会議ではまた、そういうちょっと血腥い話を山ほど聞く羽目になるに違いなかった。

「待って、悠里」
「何だ」

と、悠里は思っていたのだけれど。後ろから悠里の手首を掴んだ雅臣が、悠里の背中を引き寄せてその耳元で小さく囁く。かれらしくもないいらだちを含んだ声音に、少なからず悠里は驚いた。

「副会長と書記がやられた。…会議は中止、柊ちゃんが待ってっから、ちょっと来て」

眼を見開いて、悠里が振り返る。慌てて我に返って再び悠里が氷の生徒会長の仮面を被るそのまえに、雅臣が苦々しい表情でちいさく、悪ィ、と呟いた。






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