main のコピー | ナノ
渇望クルセイド



体育の授業は、あまり好きじゃない。氷の生徒会長である俺は何でも完璧にこなさなきゃいけないんだが、体育だけはどうしようもないわけだ。勉強面は意外となんとかなるし態度もいつもどおり演技で大丈夫だけど、身体能力はどうにもならない。

というわけで俺は、汗をかきたくないという理由で殆どの体育の授業をサボりとおしている。これは俺に幻想を抱いている諸君のためのやさしさだということを先生方にも分かってもらいたいものだ。

「悠里、見てろよ!」

わざわざステージ前までやってきて俺に親指を立てた柊におーわかった、と小声で応じ、俺は柊が整列するのを目で追う。短い髪を無理やり一つに束ねていかにもスポーツ出来ます!ってふうな雅臣が、にやにや笑いながらこっちに手を振った。ちなみに振り返してやる気はない。

「おいおい柊ちゃん、悠里はこっちのクラスだぜ?」

現在はバスケットボールをやっているわけだが、俺はああいうボールの奪い合いとか向いていない。ので、こうやってステージに腰掛けてボールをドリブルしながら試合を眺めることに全力を注いでいた。

つぎは柊のいるチームとうちのクラス、つまりは雅臣が先頭に立ってるチームとが試合を行うらしい。で、何か知らないけど話を振られた。なにか言い合っているあの二人には関わりたくないだろう、みんな。ふたりとも喧嘩つよいし。

ちなみに雅臣にはもう俺がガッカリ生徒会長だってことがバレているので前みたいにしつこくいっしょにバスケやろうぜ!とかサッカーしようぜ!と誘ってきたりはしない。ただ俺は可愛い女子マネか!ってくらい応援を求めてくるのでうざいことにかわりはなかった。いっそ思いっきり裏声で頑張って雅臣くぅーんとか言ってやりたいところだが、俺は氷の生徒会長なので無理だ。

「怪我させるなよ」

各チームには運悪くこの最悪のカードに巻き込まれてしまったあまり運動神経のよくなさそうな、もっといえば何処ぞの親衛隊に入っていそうな小柄で華奢な男子もいる。あいつらがあの二人のボール受けたらぶっとんでくんじゃないかと俺は心配だった。なのでそんな意味も含ませつつ、意味深ににやっと笑って応じる。殆ど同時に、試合開始のホイッスルが高らかに鳴った。

ジャンプボールを制したのは意外なことに身長の高い雅臣ではなかった。プロかってくらい高く跳んだ柊が、僅かに競り勝ってボールを取る。それをそのまま柊のチームの誰かが取って、すぐに柊にボールを回した。なんかすごくガチで、俺は思わず固唾を呑んで試合に見入る。

「ちっ」

すぐさまディフェンスに入った雅臣がボールをカットして、そのままあの無駄に長い足で相手のゴールまで一気に走った。シューズが擦れる甲高い音が響き渡る。

「リバウンド!」

叫んだのは柊の声だ。やっぱり運動神経も抜群な柊は体育の時めちゃくちゃ輝いている、と噂で知ってはいたけれどこういう団体戦で柊のクラスと体育が重なるのは初めてなので、俺は思わずまじまじそっちのほうを見る。凄まじい加速をした柊が、先を行く雅臣と競った。柊がディフェンスに入るより前に思いきりをつけて雅臣が放ったボールはきれいな放物線を描いて、バックボードに当たることもなくすっぽりとネットに入る。笛の音。すぐさまそれを取って、再び試合が始まる。

「…白熱してますね」
「えっ、椋くん何で居るんだ!?」

ふいに熱っぽい声が聞こえて、思わず背後を思いっきり振り返った。しー、と人差し指を唇の前に立ててステージの影でカメラを構えているのは、今すごい速さでロングパスをした柊の双子の弟くんである。

「そりゃあもう!明日の見出しは『汗とびちる白熱の一戦!』に決定ですから!」

全然説明になっていないけど俺はそれ以上の追及を諦めた。なんだかかれについてはツッコミが無駄だということを、どうやら早くも悟っているらしい。カメラのシャッター音は、傍にいる俺に聞こえるくらいの音しかしないから、誰もが試合に見入っているなか椋くんの存在に気付く人間はいないだろう。

「あ、」

柊が放ったシュートを、持ち前の長身を生かして跳んだ雅臣が止めた。そのまま対角線上にコートを駆け抜けるその足はスリーポイントラインの外で止まり、そしてそのまま跳躍をする。人間ってあんなに伸びるのかってくらいに真っ直ぐ伸びた身体のラインと、その先から飛ぶボール。あとは、となりでシャッター音。

「…どう、悠里!惚れた?」
「言っとけ、ドアホ!」

…わざわざ俺のほうを向いて親指を立てた雅臣の横を、罵声を飛ばした柊がドリブルで駆け抜ける。点差はまだ五点で、試合は始まったばかり。まだまだどっちが勝つかはわからない、と思う。柊はディフェンスをいとも簡単に抜けると、そのまま軽やかに跳んだ。すげー高い。ダンクシュートも夢じゃないんじゃないか、ってところで、そのまま狙いを定めてシュートした。ゴール。

「さすが兄さん!ヘソチラもばっちりだよ!」

興奮気味の椋くんをみていると、これはたぶん柊には黙っていたほうがいいな、と思う。たぶん殴る蹴るじゃ済まないだろう。ヘソチラの写真が明日の新聞かそれともこっそり売りさばかれているらしい隠し撮りブロマイドになるのかどちらかはしらないけど、とりあえず椋くんの寿命を柊にバレるまで伸ばしてあげるくらいならバチもあたらないはずだ。

「なー悠里、こっち勝ったら今度の休みデートして」

…試合の最中だってのにラインぎりぎりまで寄ってきて俺のほうをみて、おまけにひらひら手を振りながらそんなことを言ってきた雅臣にちょっと眩暈を覚えた。となりで連続で光るシャッターの音でなんとか自分が氷の生徒会長であることを思い出して、なにいってんのお前ばかなのいや知ってたけど、というのを堪える。実のところ何言ってんのお前、まで口をついていたけど。

「あっ、悪い手が滑った」

続ける言葉を探していたら、その背中に思いっきりボールがヒットした。俺の目にはしっかり振りかぶった柊の、まるで野球の投球フォームみたいなのがしっかり視えていたけど黙っておく。いってえ!とつんのめった雅臣をちょっと笑いそうになって慌てて唇を噛んだ。椋くんはあっちを撮っているし俺のことも知ってるから問題ないけど、さっきからけっこう俺のほうに注目が集まっててつらい。頼むから穏やかにサボらせてほしいものである。





top main
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -