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薬莢が吐き出される音と甲高い金属音は、人間の耳には殆ど重なって聞こえた。郁人を追いまわしていた傭兵たちすら息を呑み、動きを止めている。たったひとりを除いて、皆が純白を朱に染めた哀れな花嫁がいると思ったであろうそこには。

立ち竦む花嫁の前に、盾のように剣を構えて躍り出た、黒髪の青年が立っていた。

そして放たれた銃弾の前に剣を合わせるなどという離れ業をやってのけた青年は、そんなことおくびにも出さずに狂ったようにラドルフが打ち込む六発の銃弾全てを受け流しきる。それから剣をまるで興味なさげに放り投げると、妙な沈黙に包まれてしまった式場を見まわして、一言。

「郁人、おまえ、楽しみ過ぎ」
「拗ねるな、拗ねるな、半分はおまえにやる」
「足りないな、全部寄越せ!」

ひとりだけ、最初から最後まで全て知っていましたというふうな顔をした青年の名を呼んで腰に下げた剣を引き抜いた。先ほど使っていたそれとは比べものにならないほど美しい、まさしく業物というのにふさわしい刀である。もしここに鑑定士のひとりでもいたならば、その剣が海の帝国でも選ばれた一部の人間しか手にすることが出来ないものだと気付いたであろう。青年はその剣を、肩でも回すような軽い動作で一振りした。準備運動かなにかのつもりらしい。

「おっさん!終わるまで手ェ出すなよ!」
「…」

どうやらおっさん、と称されたのは、先ほどから黙って事を傍観しているラインハルトらしかった。かれの名誉のためにいっておくと、かれはどう見積もっても三十路前後といった風体である。僅かにむっとしたように眉間の皺を深くして、勝手にしろ、と呟いた。

そして洸が、モニカの父とアルメリカの背中を押す。はっとしてモニカの父が、アルメリカの肩を抱いて安全な控室のほうへと駆けていった。アルメリカが気を付けて、と叫んだのを、軽く手を挙げて郁人が応じる。これで式場に残っているのは郁人と洸、そして這いつくばってガタガタと震えているラドルフと、その手下大勢、そしてラインハルトだけになっていた。

「どうだ、洸。ちょっと探偵ぽかっただろ」
「…探偵ってこういう感じだったか?」

何のためらいもなくラドルフの背中を踏み越えて、洸が郁人の傍まで歩み寄った。勇気を出したのか仕事を思いだしたのか、ようやっと剣を振り下ろした傭兵の二、三人をラインハルトの足元までぶっ飛ばしながらである。どうやら峰は返しているようだったが、それでも打撃の強さに耐えきれずにかれらはすっかり伸びてしまったようだった。

郁人のほうは、丸腰である。得体のしれない優男に得体はしれないが馬鹿強い男が近寄る前に、かれを片付けてしまいたいと思うのは人情であろう。ナイフを手にかれに駆け寄った男の手首から音が、素晴らしく大きく鳴ったのはその直後のことであった。

「…いくら積まれたのか知らないけれど、こんな小悪党に従うっていうのは、商売上手とは言えないと思うよ」

力はそれほど籠められていなかったし、かれの腕に人並み以上の筋肉があるようには見えない。それでも最小限の力を最大限に利用するすべを郁人はよく知っていた。それは昔から、さまざまなしがらみに巻き込まれてきた郁人の自衛手段の一つである。

「あ」

続けざま、後ろから郁人を狙った一撃はあえなく洸の刃のもとに散った。振り下ろした剣を斬りおとされた男が、茫然とした頸筋に重い一撃を喰らって昏倒する。郁人のほうは、全てお見通しですとでもいいたそうな顔で背中に立つ洸を甘受しているようだ。

「どうした?」

そんなかれが間抜けな声を上げたので、思わず洸は聞き返していた。いつのまに誰から剣を奪ったものか、郁人も直刃の剣を構えている。安物だが、使い捨てをする分には問題はなさそうだった。じりじりと均衡を保つ包囲網は、一連の行動で完全に背中合わせの二人のペースになっている。

「さっき、すごい宣伝のチャンスだったのに、忘れてた」

脱力をした洸が剣を構え直すまで、すこしの沈黙があった。それからため息をつく郁人に呆れたように、洸が臨戦態勢を取る。片足を引いて、半身になった。

「いいだろ、別に。俺はあんまり依頼がたくさん来ても困る」
「何でだ」
「何でも!」

刹那、洸の足が赤い絨毯を蹴る。片手殴りにひとりを昏倒させると、そのまま手当たり次第に浮足立った傭兵たちを蹴散らしていった。それを肩越しに確認し、構えも何もなしに立っていた郁人が剣を胸の高さまで水平にして持ち上げる。ここ森の国では見かけない構えに、僅かに相手が逡巡した。そこを狙った、郁人の切り払いが強かに胸を打つ。

「あ、折れた」

刃でないほうを使ったせいか、安物のその剣は簡単に根元から砕けた。郁人は心外そうに片眉を上げる。そこへ、三人が殺到をした。金持ちの雇う傭兵だけあってここらの身のこなしはきちんとしている。腕としてはまあまあかな、なんて郁人は冷静に判断をした。

「だあああ!折れた、じゃねえよ!」

その腰を片腕で掻っ攫い、勢いよく方向転換したのは洸である。なんとか郁人ごと背後に跳んで斬撃をかわすと、悪い悪いと全くもって悪びれていない郁人の軽い謝罪を怒鳴りつける。

「おまえ、剣は!」
「控室に」
「忘れるな、あほ!」

洸は郁人の腕を取り、そこに自分の持っていた騎士の証を握らせた。そして自身は、なんだかわからないながらも突っ込んできた男の顔面を思いっきり殴る。手にしていた剣を奪い、うつくしい剣を手にした郁人を振り向いた。

「聞いてたより数多いしよ」
「洸、これ重い。振りづらい」
「我慢しろ!」

ラインハルトがため息をついているのを見てしまい、洸は盛大に仰のいた。郁人は頭はいいかもしれないが馬鹿だ。緊張感という言葉すら知らないのだろう。だいぶ数は減ったといえ、まだ十人ほどは残っていた。馬鹿にされていると感じているに違いない。怒っている。別にあんたらを馬鹿にしてるんじゃない、そうじゃなくて、と洸は弁明をしたかったが、それどころではないことくらいは分かっていた。

「だが、ここから魔石の密売商やらそれと癒着する政府高官に繋がるとなると、なかなか大きな事件だったな、これ」
「まとめるのは後ででいいから!集中しろ、郁人!」
「それを総合すると、今までで一番探偵らしいのかも。続きはラインハルトがやっちゃうっていうのが残念だけどな」

郁人はそう言いながら、一歩敵のほうへと踏み込んだ。かれの剣技は力でこそそう強くはなかったが、人よりもずっとずっと技巧的に優れている。変則的に型を変える洸や一撃一撃を研ぎ澄ますかれの兄の或人と違い、誰よりも速い剣を振った。

「残念だけど、ラドルフさん。きっとあなたを操ってた人は、あなたなんて簡単に切り捨てますよ」

舞いの中の一幕のように包囲網を歩いて渡った郁人の後ろで、ちょうどかれが通れる幅を開くように男たちが呻いた。誰もが腕やら腹を打たれ、痛そうにそこを押さえている。かれは失神寸前、といったふうなラドルフの傍にしゃがみ込んでそんなことをいっていた。

「…工場主という割にはお金持ちみたいですね。大きな魔石も山ほどある。…いったい、何のためにです?」

口元は笑っていたが、郁人の目は真剣だった。ひ、と引き攣った悲鳴を上げ、ラドルフが後ずさる。それをちらりと横目で見て、洸が嘆息をした。かれが何に気付き何を知りたがっているのか、かれには分からない。きっと郁人本人にしかわからないのだろう。

郁人は、勘がよかった。人並み外れて先を読む能力にたけている。それは本人いわく、ただの予想だというが、それはえてして当たる。そのかれが問い詰めているのだ、おそらくこの一件には更なる深部があるのだろう。

洸は郁人のその「勘」を疑う気など更々ない。ただかれが求めるままに、真実とやらを追い求めるだけだ。それはかれが探偵で、洸がかれの騎士だからである。

「おかしいなとは思っていたんですよ。工場をまとめるくらいの権力があるだけで、魔力を移し替えるなんて大それたことが出来るとは、とても思えない」

気付くと、洸の周りはうめき声をあげて這いつくばる傭兵だけになっていた。三本目だったように思うぼろぼろの剣を投げ捨て、洸は郁人の背に歩み寄る。ラインハルトも手錠を手に、こちらへ歩いてきたようだった。

「…郁人、そいつ、話聞いてない」

その肩に肘を乗せ、かれの肩越しにラドルフを見下ろす。かれはすでに、恐怖からか絶望からか、意識を飛ばしてしまっているようだった。

「あとはこちらでやる。御苦労だったな」

ラインハルトが手際よくその手首に手錠をかける。眉間に指を当て思考モードに入ったらしい郁人の代わりに、洸が軽く手を挙げて応じた。

「後始末はそいつと引き替えってことで、よろしく」

散々たる状態の式場を見まわして、洸はそんなことをいった。ため息で応じたラインハルトの部下たちが式場へと入ってくる。それと入れ違いに郁人の腕を引っ張って外へと向かいながら洸は隣を振り向いた。騎士の剣を柄に戻し、形のよい眉を寄せている郁人の顔を覗き込む。

「どうした?」
「分かるようで、はっきりしない。…ほんとうに工場を手に入れるためだったのか?」
「目的か?…まあ、他にも謎があるんだったら、そのうち解けばいいだろ」

呆れたように郁人が洸の顔を見返す。軽く嘆息をして、それからひとつ伸びをした。相も変わらずいつもどおりに隣に立つ男の背中をかるく叩く。

「おまえにそうやって言われると、それでいいような気がしてくるよ」

わかっているんだかいないんだかわからない顔で、洸はぐしゃっと郁人の後頭部を撫でた。その口元が笑みに歪んでいるのを、郁人は式場の外の斜陽のなかでしっかりと目視する。

「とりあえず、さっさと帰ろうぜ」

ここ森の共和国には、確かにふたりの帰る家があった。郁人が探偵事務所と名付けた家は、郁人の居場所である。ならばそこは、洸の居場所でもあるのだから。かるく頷いた郁人の隣を歩きながら、洸は生まれ育った町から見えた海の代わりに存在を誇示している魔の森を見やる。感傷は驚くほど抱かない。そんな自分に苦笑をした洸は、となりの郁人がまたふらりと怪しげな店に入りかけたのをみて、慌ててその腕を引き戻しにかかった。





第一章 終


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