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果たしてリオンは、翌朝の朝食のときからかいがいしく悠里の傍に侍っていた。基本的に悠里がいったとおりあまり悠里に干渉しないようにして動いているかれには珍しく、自身から悠里の傍に寄ってきたのである。こちらとしてもかれに守ってもらうことが前提になっているので、それを拒んだりはしなかった。…もともとかれが傍にいたい、というのを、断るたびに胸を痛めていた悠里にしては、傍にいるだけでかれの望みが果たせるのは願ってもない機会でもある。

柊はといえば、風紀委員や雅臣とは別行動で警戒をする、と悠里の部屋で悠里お手製の簡単な朝食を食べてすでにそとへ行ってしまっているから悠里も手持無沙汰で、相変わらず豪華な食堂のメニューにちょっと引き気味になりながらリオンとおなじテーブルについている。どこぞの高級ホテルか!という食事だった。

「何だかバタバタしていますね」

風紀委員がひっきりなしに出入りをしている出入り口のほうを見ながら、モーニングコーヒーを口にしているリオンが柳眉をわずかに寄せる。何もかもをお見通しみたいに口の端に笑みを乗せれば、目の前で少年がうっとりと目を伏せるのがわかった。ちょっと罪悪感を抱きながら(いざとなったらかれに守ってもらう前提な身として)かれにもひとこと伝えておく。

「鼠が入りこんでいるらしい」
「…そうだったんですか」

アキにも伝えておきます、と言って、少年は触れれば消えてしまいそうなあえかさを持った表情をふんわりと崩した。それからきのう、かれの出自を知ってしまった身からすれば恐ろしいことこの上ない台詞を、にっこりと吐き出す。

「出来ることがあったら、なんでもしますから!」

ちょっと背中に冷や汗をかきながら、悠里は鷹揚にああ、と応じた。これから生徒会のメンバーと夏休み初日の打ち合わせがある。雅臣からの報告もそこで入るはずだった。

「…」

そしていつもなら気にも留めないはずの、ふいに出来た沈黙。けれどマフィアの血を継ぐというリオンをちらちらと窺っていた悠里は気付いてしまった。若草いろをした大きな瞳が緩慢に細められた、刃物のような鋭い眼差しに。

「…リオン?」
「こちらを見ている男がいます。この学園のものではありません」

思わず振り返ろうとして、慌てて思いとどまった。気付いていることに気付かれることが得策ではないことくらいは心得ている。しかしリオンがこんなふうな目をすることを、一年弱の付き合いながら悠里は初めて知った。それにちょっとショックを覚えながらそれからたっぷり瞬き十回分の時を置いて、悠里はふたたび氷の生徒会長の皮をしっかりと被る。

「放っておけ。…どうせ、最初に狙うのは俺だろう」
「…悠里さまが仰るのなら」

あわい吐息を漏らし、ボーイソプラノが囀った。ふたたびスクランブルエッグにフォークを向けたリオンのひとみにはもう、いつもどおり悠里へのきらきらした敬慕と思慕しか宿っていない。それにだいぶ安心をして、悠里はゆっくりと気取られぬよう嘆息をした。

なんとなくわかっていたけれど、やっぱりこういうときに一番狙われるのは生徒会長である自分らしい。こういうときってどういうときだ、と自分でも思いながらやっぱり喧嘩をどうにかして極めておくんだった、と思わざるを得なかった。

「リオン、出るぞ」

かれがスクランブルエッグを食べ終えたのを確認して、悠里は立ち上がる。我ながらじぶんにすごい、と思いながら、先ほどリオンが殺気のこもった目で見ていた背後のほうへと、余裕たっぷりの笑みを向けた。お見通しだぞどこにいるかはしらないけど、と内心で呟くに留める。それを見て行っちゃいましたね、と言ったリオンが三つ編みを揺らしながらとなりに並んだ。肩口にようやく頭のてっぺんがくるようなこの小柄でかわいい同級生に守ってもらわなければならないことにだいぶ情けなくなりながら、歩き出す。

「今日の会議は、その鼠の対策なんですか?」

ちょっと潜めた声で、リオンが尋ねた。ああ、と素っ気なく応じ、なんでこんな愛想のない生徒会長が好きなんだろう、と思いながらリオンのほうをちらりと見る。かれの桜色をした唇から鼠とかそういう単語が出るのはやっぱり似合わなかった。

食堂を出ると、会議が行われる部屋まではすこし距離がある。中庭に出て真っ直ぐ進んだほうが早いのだけれど外の方は危険がたかいと昨日散々柊に言い含められているから、悠里はすこし迷った。迷ってから、むこうはすでに自分に狙いを定めているのだと思い直す。

「中庭を通る。お前は下がってろ」
「いえ!お送りします」

ふわふわ笑いながら、リオンが扉を開けてくれた。中庭にはバラが咲き乱れている。よくイベントが起こる場所だけれど、氷の生徒会長にはなかなか縁がなかったから来る機会はあまりない。斜めうしろにぴったりと寄り添うリオンが無言になったので、悠里もなにか言う言葉を失ってしまった。

そして同時に感じるのは、かれから発せられる、悠里でもそれとわかるつめたいオーラである。それにぞくりと背筋を震わせて、悠里は恐る恐る周りをそっと窺った。

なんだかいやな予感しかしなかった。



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