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終業式の演説を終えてステージを降りた悠里は拍手に包まれたまま、舞台袖に下がってため息をついた。いつになってもこの人数の前で話すのにはなれない。平然とした風を装ってはいたが、心臓は破裂しそうなほどに高鳴っていた。

「お疲れさん」

パイプいすに座り込んだ悠里の前にしゃがんで笑ったのは、こちらも先ほど夏休み中の風紀の取り締まりについて述べていた雅臣である。相変わらずこちらは余裕の体で、すこし憎らしくなって足先でその膝頭を後ろに押してやった。体勢を崩して尻もちをついた雅臣がちいさく笑う。この駄々広い体育館のステージ、その舞台袖で役目を終えたのは先ほど諸注意を終えた雅臣と悠里、そして次に呼ばれるのは校長と副会長である。部活動で優秀な成績を収めた生徒に特典の授与があるのだ。副会長はその補佐役だった。

「いよいよ夏休みだな」

入れ変わりに校長と副会長がステージに登壇したのを確かめてから、雅臣が小声で悠里に囁いた。軽く頷いて、悠里は僅かにその形のよい眉を寄せる。どうせこれからも一月、悠里はこの学園で氷の生徒会長のままなのだ。

「いつから仕掛けてくるもんだかな。楽しみだ」
「…何が楽しみなんだよ、ったく」

言いながらひとつ嘆息をする。妹にくだんのチームのことをメールするとすさまじい長文の返信がきた。つまりは『詳しく逐一伝えるように!』ということである。まったく即物的な妹だ。そちらもどうせ全権である生徒会が対処することになるのだから、悠里にとっては好都合ではあったけれど。

「どうなんだ?例のチームとやらは」
「ウチのやつらの話だと、こっちのセキュリティにちょっかいを出してるみたいだ。一か所わざと穴を開けて誘いこんでるんだと」

奔放に跳ねる金の髪の間から、紅いカフスのついた雅臣の耳が覗いている。なんとなくそれを眺めながら、悠里はそれに答えるのにすこし時間がかかった。それからめくるめくようなあの妹所蔵の本のなかみを思い出して得心する。高校生だろおまえら、というツッコミは不毛だという結論に達した。

「柊ちゃんとも話しときたいんだよな。今夜あたりどうだ?」
「わかった。…そうだな、俺の部屋がいいか」

雅臣の部屋はなんとなく見てはいけないものが山ほどありそうだったので、悠里はそう提案をした。すると顔を上げた雅臣が、軽くその目を見開いて悠里をまじまじと見返す。それからふいに破顔をした。

「悠里が自分から部屋に誘ってくれるなんて」
「対策を話すだけだろうが!気色悪い声出すな!」

伸びてきた腕が悠里の脇腹を掴むよりさきに、べしんとそれを叩き落してやる。まったく油断も隙もないやつだ。同時に割れるような拍手が起こって、表彰が始まったのだと知れた。それに身を竦ませながら、悠里は気を取り直して雅臣のほうに目線を戻す。

「で、具体的にはどんな感じなんだよ」
「向こうが拠点をどこに置くのかが鍵なんだよな。そとに作る気なのか、それともどこかの建物を奪うつもりなのか。それによってトラップ掛ける場所も変わる」
「…ひとつ聞いていいか」
「ん?」

頭痛と眩暈を感じながら、悠里は真顔で話し出した雅臣をやんわりと止めた。どうかしたか?とでも言いたげな雅臣に、ひとこと。

「戦争をするつもりなのか?」
「え、違うの?」

みょうに楽しそうに話している雅臣があっけからんと応じたので、悠里は色々どうでもよくなった。どうやらここ帝豊高校では侵略者とのちょっとした戦争が勃発するようである。悠里の沈黙を何と勘違いしたのか、雅臣はふっと笑って片目を瞑った。顔はいいので絵になるところが憎らしい。

「大丈夫、ちゃーんと守るって」
「そッ、そういうことを心配してるわけじゃない!第一俺だって…」
「俺だって?」

俺だって、とは言ったものの続く言葉が見当たらなくて口を噤めば、雅臣は表情を崩して口端を上げる。大丈夫だって、と声のトーンを落として繰り返した。

「何のために風紀委員に不良飼ってると思ってんの」
「…少なくともこういうときの手駒にするためだとは思わないだろ」

向こうがどれだけの頭揃えてくるかは知らねえけど、と言い置いて、雅臣は犬歯を見せて笑う。実のところ悠里は、雅臣がひとを殴ったり蹴っ飛ばしたり挟んだり掴んで引きずったりしているところを見たことがない。この男がつよい、という点を疑うつもりはなかったけれど、それにすこし自分でも驚いた。

「お、終わったかな。行こうぜ悠里」

終業式の終わりを告げるアナウンスが入ったのを聞いて、雅臣がそう悠里を促した。おう、ととりあえず答えてから、ますます訳の分からない単語が飛び交うであろう『対策会議』のことを考えてすこし悠里も笑ってしまう。なんだかんだいって不安はないあたり、現金なものだった。



同時刻。

「いよいよ明日だな…」

舌舐めずりをしそうな恍惚の表情で、銀髪の男がそう漏らしている。染色して痛んだ髪を指先で遊びながら、廃工場に置かれた簡易テーブルの上の資料を目でなぞっているところだった。帝豊高校、と銘打たれた学校の間取り図や主だった主要生徒の顔写真と特徴がまとめられている。

「柊、強くなっているでしょうかね」
「だろう。…楽しみだ」

肩にかかる程の髪を柔らかく揺らして、背筋のしゃんと伸びた淡い栗色をした青年が微笑を零した。それに喉を鳴らして答えたのは、銀髪の男の後ろのほうで長い両足を組んでノートパソコンを叩いている青年である。こちらは目の覚めるような鮮やかな青い髪を短く切って立てていた。どちらも、まっとうな人間にはとても見えない。そんなかれらが広げている写真つきの書類の一番上に重ねられているのは、まごうこともなく。

「…まずはこの、東雲悠里とやらの実力をみせてもらおうか」

柊と並んで歩いている、氷の生徒会長の写真であった。





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