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悠里と柊が足を踏み入れた途端、騒がしかった食堂が沈黙に包まれた。それに辟易をしたようにひとつ嘆息をし、悠里が柊だけに聞こえる声で呟く。曰く、わすれてた、と。
それに呆れながら、柊は全身に突き刺さる視線に肩を竦める。あの二人が揃って食堂に来るなんて、やっぱりあの噂は嘘だったのか、いいやその割に普通だぞ、とか、囁き声が波のように襲いかかってきた。

忘れがちだが悠里は氷の生徒会長で、柊は学園の人気者の寵愛をほしいままにする噂の転校生なのだ。当人たちがそんなつもりもなく親しくしているせいで、いつもこういう目に遭う。

「悠里さま!食堂にいらっしゃるなんて珍しいですね!」

…そんななか、ひと際大きな声が上がったのはそれからすぐのことだった。びくりと身体を縮めた悠里のまえに、たったった、と軽快な足音が迫ってくる。

「…ああ、そうだな」

ちょっと困ったような顔をして、悠里が意識して低く掠れさせた声で答えた。それとほぼ同時に、柊の目の前で淡い金の髪が踊る。いちにのさんで地面を蹴って、悠里の首へと思いきりだれかが抱きついたらしい。それに驚いて思わず二三歩後ずさった柊が何かを言うよりさきに、それをやんわりと制止する声がかかった。

「リオン、悠里が困っているだろ」

僅かによろめいてそれでもなんとか耐えた悠里から、すぐにその金髪の影は声の主に引き剥がされてもとの場所へと戻っている。だけれどそれをぽかんと見ていた柊が思わず目で追うほど、かれは浮世離れした容姿をしていた。

まるで絵画から抜け出てきたように、きれいな顔をした少年だった。

長く細く編まれたレモンシフォンのいろをした三つ編みを揺らし、その少年は悠里をきらきらと見上げている。若草色の瞳は長い金色の睫毛に彩られ、つややかな桃色の唇はやわらかそうだった。ここがもし男子校でなければ、間違いなく柊はかれを少女と勘違いしていたであろう。それほどまでに美しい少年である。

「…こいつが俺の親衛隊のトップだ。北川リオン」

無意識的に二歩ほど後ずさっていた柊にちょっと笑いを含んだ声で囁き、悠里がその肩をずずいと少年のまえへと押し出す。食堂中のものすごい注目を集めながら、さっきリサーチしようと思ったばかりの本人の前に押し出され、柊は大変に焦った。焦ったから、悠里の背中に隠れることしか出来ない。こっちはこっちで俺様モードなのであまり拠り所にはならなかったけれど。

「はじめまして。よろしくする気はないけど、遠慮なく北川って呼んでね!」

そしてそんな柊に、にっこりと笑って天使のような少年はいう。悠里からかれを引き剥がした二本の腕の持ち主が、呆れたように苦笑いをしていた。

「…秋月、お前たちのテーブルは?」
「むこうだ。…確かにここじゃ目立ちすぎるな。行こう」

一方的に敵対心を向けられてめずらしくたじろいでいる柊が可哀そうになったのか、悠里が助け舟を出してくれる。悠里よりも背の高いリオンの連れに声を掛け、柊の肩を叩いて歩き出した。こういうときだけ相変わらず堂々としている。それをきっかけにして少しずつ喧騒が食堂に戻ってくるのを見ながら、柊はそそくさと悠里の背中に続いた。

「悠里さま、つつがなくお過ごしでしたか?今日はどうして食堂に?」

悠里の腕に腕を絡ませながら、リオンがきらきら笑って悠里に話しかけている。心底悠里のことが好きなんだなあとすぐにわかるその嬉しそうな顔のせいで、柊もさっき向けられた剥き出しの敵対心を許してしまった。なにせ柊は名目上かれらの天敵なのだから。なんとなくそれに言葉少なく答えている悠里の表情も、いつもの氷の表情よりはずっとやさしい。

「…俺も行っていいのか?」
「構わないよ。…俺はよろしくする気もあるし、秋月って呼んで」

対して、手持無沙汰になってしまった柊に笑顔を向けてくれた長身のほうは、あきつきという名前らしい。短く切った黒髪とその日本男児然とした秀麗な表情には、なんとなく見覚えがあった。記憶をたぐり寄せていた柊が、はっとして顔を上げる。

「確か、どっかの部長じゃなかったか?」
「お。よく知ってるな、弓道部の部長をやってる」

秋月はそう言って僅かに破顔した。じゃあ三年なのか、と聞けば、去年ダブったから二年だ、と涼しい顔で返された。言葉に詰まる。

「アキは僕と違っておばかだからね」

ストレートな言葉が先を行くリオンから返ってくる。あはは、と笑って応じた秋月のとなりで、柊はとりあえずかれの口が悪いことだけは把握した。そろそろかれの手から連れを取り返そうと悠里のほうを向けば、リオンがぎゅっと悠里の腕を抱く手に力を込めたのがわかる。

「悠里さま、今日のスペシャルメニュー見に行きましょう!」

そしてそのまま、柊に口を挟ませる間もなくバイキング形式になっている食堂の奥に駆けていってしまった。ほとんど引きづられている悠里の後ろ姿を見ながら、知らずひとつため息を零す。またもうひとつ、しらない悠里の一面を発見してしまった気分である。

「…悪いな。リオンも悠里に構ってもらうのが久しぶりだからはしゃいでるんだ」

そんな柊の肩にぽん、と手を乗せて、秋月が笑った。どうやらリオンとふたりであまり人がいない方の円卓を取っていたらしく、余った椅子に柊を座らせてくれる。なんとなく居心地悪くかれの表情を見ながら、柊は何から話せばいいものか、暫し迷った。

「で、結局悠里と別れたの?」
「ぶっ」

しかし秋月がつらりとそんな台詞を吐いたせいで盛大に咳き込んで、何事かと周囲に心配されてしまった。げほげほと咳き込みながら顔を上げればそんな柊を真顔で秋月が見ているせいでなんだか咳き込んでいる自分がばからしくなる。手の甲で唇を乱暴にぬぐって、柊は拳を戦慄かせた。

「そ、ッそもそも付き合ってねーから!」

ばん!と机を叩いてそう言えば、秋月が意外そうな顔になった。それから弾かれるように、ぜいぜい息を切らしている柊に笑いかける。ひとつ年上であるとなんとなくわかってしまうような、大人っぽい笑みだった。

「やっぱりなー。よかったよかった、これでリオンのイライラも多少収まる」
「……、やっぱりってなんだよ」

それはそれで気に食わないので突っ込めば、秋月がにこにこ笑いながら人差し指を立てて左右に振る。それからかれは、とっておきの秘密を告白する子供のような顔をした。柊の耳もとに顔を近づけて、喉の奥で笑う。

「お前は悠里の良い友達みたいだし、教えてやろう」

思わず真剣な顔になった柊に秋月が囁いたのは、柊が返す言葉を失って黙りこんでしまうような一言だった。

「…悠里は、ひとを好きになるのが、怖いんだ」




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