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「ひっ…」

フードのせいではっきりしない視界のまま、スグリは家のそとへと連れ出された。腕が引きちぎられそうで、そしてこんな時にいつものように一気に眩暈と吐き気がする。身体が弱いことをこれほどまでに厭ったことはない。ともすれば気を失ってしまいそうだった。

「…」

スグリを引きずりだした男の傍に足音が集まってくる。それからスグリにも意味の通じる言葉で女たちの悲鳴が聞こえた。どうやら他にも何人か、捕まってしまったものたちがいるらしい。

「あ、」

男の腕が、乱暴にスグリの婚礼のローブを引き剥がした。まずい、と思って顔を上げれば、スグリの腕を掴んでいたのは昼間の男とは似ても似つかない短髪のきかなそうな顔をした少年で、思わず身体を竦めてたたらを踏む。

「…?」

困ったように眉を寄せた少年が、傍らの男を振り仰いだ。かれはたしか何軒も向こうに住んでいた若い妻の腕を掴んでいる。悲鳴を上げ身体を捩ってはいるけれど、男の腕力のまえで彼女はひどく無力だった。かれの夫はなにをしているのだろう、戦っているのだろうか、と思いながら周囲を見れば、まだ怒号は続いている。剣撃の音もした。

「…」

スグリには意味のわからぬ言葉で、男たちがスグリを見ながらなにかを話している。まずいと思って顔を背けると、髪を掴んで集団の前に引き摺り出された。ぐらりと頭の中心が揺れる感覚がする。

「や、やめろ…」

せめて抵抗をしたくて、できるだけ家から意識を逸らさせるようにしゃがみこむ。髪の毛が数本千切れるいやな音がした。

土に汚れる花嫁のローブに、ふいに大声で泣きわめきたくなる。姉を守りたい。家族を守りたい。この男たちが、怖い。

そのときだった。

かつ、と響くような、朗とした声が聞こえる。スグリの知らない響きの言葉だった。それにざわついていた周囲の異族の男たちが水を打ったように静かになる。それは泣きわめいていた女たちも一緒だった。それほどまでに堂々とした、そんな声である。それから間を置かず、足音が近づいてきた。スグリは頭を抱えて震えながら、心臓が口から飛び出してしまいそうな恐怖に固く目を閉じる。

「…」

かれが何と言ったのか、スグリにはわからない。わからないけれど、周りを取り囲んでいた男たちが離れていくのは気配と足音でわかった。しばらく震えていると、かれらの足音が聞こえなくなるくらいまで遠ざかる。

何が起こったのかわからないけれど知りたくなくて、スグリは頑なにしゃがみ込んだままだ。すでに女にしては短すぎる髪もそとに出てしまっているから男だとは気付かれているだろう、殺されてもおかしくはない。…でも、家族にかれらの手が伸びるのは、いやだった。だから逃げられない。けれど怖い。そんな葛藤が、スグリの胸を埋め尽くす。

「…あ」

すると、ふいに腕を掴まれた。そしてゆっくりと引き起こされる。それは先ほど家から引き摺り出されたときのような、乱暴な力ではない。あたたかい掌だった。…まるで、あの長い赤毛の男のように。

「…あ、あんたは……」

思わず顔を上げると、逆光で立っていたのは、燃え盛る炎のような赤毛のあの男だとすぐに知れた。あの意志の強い淡い栗色の瞳が、じっとスグリを見ている。思わず身体を竦めて後ずさると、男が僅かに笑うのが分かった。それから長い腕でスグリの肩を掴み、裾が土に汚れてしまったローブを持ち上げる。

「な、なに」

べたり、と早鐘を打つスグリの胸に、男のあたたかく大きな掌が押し当てられた。あ、と思って弾かれるように顔を上げる。スグリの胸にはもちろん、女のような柔らかい膨らみはない。それを知って、すぐにその掌は離れていった。そしてかれの端正な横顔が眺めるのは、スグリが引きずり出された家である。

「ま、待って!」

ふらふらの足を無理やり動かして、スグリは家の入口のまえに立ちふさがって両腕を広げた。この中には震えている家族がいる。…女が四人もいる。恰好の標的に違いなかった。それだけは駄目だ。ここを通すわけには、いかない。

そんな必死のスグリの形相を見て、男も思うところがあったのだろう。軽く頷いてその視線を、かれがやってきたと思われる儀式場のほうに戻す。つられてそちらを見れば、異族の言葉で何かを叫んでいる数人の人影が見えた。

こちらにやってこようとしているのが動きでわかる。それは避けなければいけなかった。先ほどはこの男のおかげで居なくなってくれたけれど、他にも異族たちが来て、もう一度この周辺の家を探したら、間違いなくスグリの家族たちは見つかってしまう。震えて男の顔を見上げると、かれはまた、乱暴さをかけらも感じさせないような掌でスグリの腕を引き寄せた。

そして、まるで俵でも担ぐようにしてスグリを肩の上へと抱え上げる。その大きくあたたかい掌に頭をまさぐられて、かれがスグリにフードを被せたのだと気付くまで、スグリは恐怖に息をするのを忘れていた。

…隠してくれた。

なにを?男だとすぐに知れる、この顔をだ。家を守るため両手を広げたスグリに、軽く頷いた。承知した、ということだろうか。…スグリが家族に手を出されたくない、ということを。

ごちゃごちゃに絡まる頭のなかで、またしてもこの男への恐怖は音もなく崩れてしまった。助けてくれた、と思ってしまうのはどうしてだろうか。現にかれが来ていなければ、そして最初にスグリを見つけた男たちをどこかへ向かわせてくれなければ、スグリはムラの男としてなにをされていたのかわからなかったけれど。

男は低く小さく、スグリになにかを言ったようだった。意味はすこしもわからないけれど、何故だかスグリには、それがスグリを安心させんとする言葉であると感じられる。だからスグリは、不安定な男の肩の上で恐らく熱が出始めているだろうだるい身体の力を振り絞って頷いた。

長く揺れる男の見事な紅髪からは、あの草原に咲き乱れていた花の匂いがした。





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