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「そういえばさ、柊?」
「んー」

今日の分のノルマを終えて、生徒会室での仕事はお開きとなった。一緒に食堂にいこうだとかそういう副会長たちの申し出を一蹴した柊は、あと二、三仕事があるという悠里に付き合って戸締りのされた教科棟のほうへ向かっている。

「俺、柊が喧嘩してるとこ見たことない」
「…それが?」
「いや、マニュアルにはなんか…すごい強いとかそういう感じでしか書いてないだろ?お前のする喧嘩って具体的にどんな感じなのかなあと」

小さく噴き出した柊が悠里の背中を軽く小突く。うわ、と言いながら体勢を崩した悠里を見て笑いながらそのこげ茶色の髪を掻き上げた。

「殴ったり蹴ったり掴んで引きずりまわしたり挟んだり、まあそんな感じだな」
「…後半よくわからないぞ」

もうすこしで終業式だ。それが終われば、夏休み。そうすれば雅臣のいうとおり、喧嘩だとかそういうものに触れる機会が増えることだろう。そして予想が当たれば、悠里は完全に巻き込まれる。そうなったときにものすごい足手まといになるのは避けたかった。せいぜい足手まといにならなければならない。

「うちの親衛隊のやつらも喧嘩はそれなりに強いみたいだけど、教えてもらうわけにはいかないからな」
「…そういや、親衛隊と居るお前なんて見たことないな」

柊だって何度となく面倒なことに巻き込まれたはずの、親衛隊。俗にいえばファンクラブだが(悠里は王道通りのそれに最初絶句したらしい)、統率のきいたそれらはもしかしたら軍隊とかそっちのほうに近いのかもしれなかった。

「俺は親衛隊が出来るときに、こっそりやってくれって頼んだからな」
「俺様モードで?」
「俺様モードで」

それでよく親衛隊が存続したものだと思う。…まあそこらへんが、悠里が氷の生徒会長たる所以なのかもしれないけれど。しかし柊はおそらく悠里の親衛隊からはかなり憎まれていることだろう。今は収束したものの熱愛云々のことはまだみんな覚えているだろうし。そういうこともあって、柊にとっては悠里の親衛隊が目立った動きをしていないのは好都合だった。

「会計みたいに俺は親衛隊に手を出さないから、そういうのが嫌な奴も結構俺のところに入ってるらしい。そんなわけで全然把握しきれてないんだ」
「俺に絡んできたのは下っ端だったんだろうな。弱かったし」
「…お前、やっつけたの?」
「ちょっと脅しただけだって」

柊のうさんくさい笑顔に表情をひきつらせた悠里が、それでも理科準備室にいた先生に書類を届けて仕事を完了させる。そんな細かい仕事なんてそこらへんの雑務に任せればいいのに相変わらずこういうところで素の自分を消せていない、と思いながら、柊はそういう悠里の真面目なところが好きだった。

「ま、喧嘩に巻き込まれてもなんとかしてやるから」
「…あ、ありがとう」

そうやって笑った柊に、ちょっと面喰った顔をしてから悠里が表情を崩した。なんとなく無言になってしまってから、既に食堂が一番賑わっているであろう時間になっていることに気付いて思案に暮れる。悠里としては部屋に呼んで食事でも振る舞いたいところだが、先日の一件があってなんとなく言いだしづらいというのもあった。意識しないようにしないようにしているくせに、悠里は柊の気持ちばかり考えてしまう。不器用だった。

「…そういえばさ」

そんな悠里の葛藤など知る辺のない柊が、ふいに沈黙を破って悠里を見た。教科棟の施錠を済ませた悠里が、きょとんとした顔でかれを振り向く。

「うん?」
「夏休みの間、食堂とか購買ってやってるのか?」
「…やってるんじゃないのか」

自炊の出来る悠里と違い、ほかの生徒…とくに生徒会の面々などは食堂が開かなければ飢え死にしてしまうんじゃないか。そんなふうな不安を口にした柊に、悠里は首を傾けて思案に暮れる。まあどの道親衛隊が世話をしそうだけれど、購買が開かなければ今度は悠里が困る。

「…俺も材料ないと何も作れないしな」
「お前さ、普段の飯の材料どうしてんの?」
「部屋まで届けてもらってる」

柊がえ、と言って足を止めた。何でもない風にいったけれど、つまりそれって。

「…お前が自炊してるってバレバレじゃん」
「不可抗力だったんだ…」

知ってるのは二人だけだし!と妙なところで胸を張ったこのなんちゃって生徒会長が、よく柊のしらない一年間にこの学園に淘汰されずに生き伸びたものだと思う。柊はそれがあの忌々しい雅臣の手によるものだとばかり思っていたが、悠里のさり気のない庇護者はかればかりでもなさそうだった。

「その二人って?」
「俺の親衛隊長と副隊長」

よりによって一番めんどくさそうな奴らだ!と思わず頭を抱えた柊に、悠里は思わず相好を崩して笑った。柊はあいかわらずかわいい、と思う。多分言ったら殴られるので口には出さないけれど。

「大丈夫。あいつらは俺のこと料理が好きな氷の生徒会長だと思ってるから」
「色々問題あるだろ、それ」

いつだって美味い料理が食べられる悠里の部屋は、特に昼休みや食堂に行くのがめんどくさい夜の恰好のスポットだ。そういえばその食材がどこから来るのか気にしたこともなかったことに思い至り、柊はなんとなく頭を掻く。

「…食堂行こうぜ。今日は奢る」
「え、まじ?」

とたん嬉しそうに笑った悠里から、天敵ともいえる親衛隊のことを聞きだすのはいつにしようか。そんなことを考えながら、そういや食堂へ行くのも久々だったことに気がつく。きょうの日替わりのスペシャルメニューはなんだったか、と悠里に聞けば、そんな高尚なもんがあるのか…と茫然とされた。



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